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【源平合戦】三草山の戦い
2022/1/5 源平合戦
経過 西海へ出陣 寿永三年(1185)1月29日、源範頼・源義経は平氏追討のため西海に出陣した。(『吾妻鏡』同日条) 『平家物語』「三草勢揃」では、出陣の際に朝廷から「三種の神器を平家から取り返して来 ...
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義経と頼朝が対立した原因
対立の原因 義経の無断任官 元暦元年(1184)8月17日、源義経の使者が鎌倉に到着し、義経が後白河法皇から左衛門尉と検非違使に任じられたと報告した。今回の任官に対して義経は「自分が希望したものではな ...
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静御前の舞
2022/1/3 源義経
治承・寿永の乱では華々しい活躍を見せ平家を滅ぼした源義経だったが、無断任官や梶原景時の讒言もあり、兄である源頼朝から追われる身となった。義経の愛妾・静御前も武蔵坊弁慶らとともに義経に付き添ったが、途中 ...
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【源平合戦】文覚の荒行
2022/1/2 源平合戦
『平家物語』では、文覚は伊豆国で頼朝と出会い、平氏追討を促したとされる。俗名は遠藤盛遠といって、高雄神護寺の僧。 文覚はとある事情で出家したが、俗世を離れてもなお心には悪が根ざしていた。法住寺殿で狼藉 ...
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【源平合戦】逆櫓論争
2022/1/4 源平合戦
逆櫓さかろ論争は、源義経と梶原景時の間で行われた論争である。『平家物語』に見られる。 元暦二年(1185)2月、義経は源頼朝の代官として平氏を追討するために讃岐国屋島へ向かった。摂津国渡辺まで来たとこ ...
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【源平合戦】鹿ヶ谷の陰謀
2022/1/10 源平合戦
鹿ヶ谷ししがたにの陰謀は、安元三年(1177)6月に京都の鹿ヶ谷(現・京都市左京区鹿ヶ谷)で開かれた、院近親の藤原成親や法勝寺執行の俊寛僧都らによる平氏打倒の謀議である。 鹿ヶ谷は俊寛の所領であり、後 ...
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【源平合戦】葦屋浦の戦い
2021/12/31 源平合戦
葦屋浦あしやうらの戦いは、元暦二年(1185)2月1日に豊後国葦屋浦で行われた源範頼率いる源氏軍と原田種直とその息子種益らとの合戦。 渋谷重国が種直を、下河辺行平が美気敦種を討ち取って源氏軍が勝利した ...
