平安時代

平安時代

【源平合戦】墨俣川の戦い

【前回までのあらすじ】平清盛は一刻も早く東国を帰服させるよう遺言を残していた。その遺言通りに平宗盛は頼朝追討のため家人を東国へ出発させ、平重衡もまた東国へ向かった……。 墨俣川の戦い 養和元年(118 ...

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【源平合戦】平清盛死去

【前回までのあらすじ】佐竹氏を倒した頼朝は平家追討の準備を進める。そんな折、平清盛が亡くなったとの知らせが鎌倉に届いた……。 平清盛死去 養和元年(1181)閏2月4日戌の刻、平清盛が九条河原口の平盛 ...

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【源平合戦】金砂城の戦い

【前回までのあらすじ】千葉常胤・三浦義澄・上総広常の進言を受けた頼朝は、まず東国を平定してから上洛することにした。弟・義経との再会も果たし、頼朝は常陸国に向けて出発した……。 【源平合戦】富士川の戦い ...

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鎌倉時代

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鎌倉時代

【源平合戦】石橋山の戦い

【前回までのあらすじ】伊豆国に配流されていた山木兼隆は、周囲に清盛の威光を振りかざしていた。頼朝は手始めに兼隆を攻め滅ぼずことに決め、ついに兼隆を討ち取ったのであった……。 【源平合戦】山木兼隆館襲撃 ...

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【源平合戦】山木兼隆館襲撃

【前回までのあらすじ】源頼政の敗北により、諸国に源氏追討令が下された。頼朝は逆に平氏を追討しようと考え、諸国の源氏たちに手紙を出して呼び寄せることにした。頼朝のもとに続々と御家人が集まってきた……。 ...

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【源平合戦】頼朝の挙兵

治承四年(1180)4月27日、源行家が伊豆国の北条館に到着し、頼朝に以仁王の令旨を渡した。 【源平合戦】以仁王の令旨 頼朝が永暦元年3月11日に伊豆国へ配流されてから、すでに20年の歳月が過ぎていた ...

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開発 デザイン

2021/4/22

【日記】WordPressのテーマをCocoonからAFFINGER5に変えた

手順 テーマを購入・ダウンロードする ①AFFINGERの公式サイトにアクセスする https://affinger.com/ ②「ダウンロード」をクリック ③下にスクロールして「ショッピングカートに入れる」をクリック ④ショッピングカートにテーマが入るので、「注文画面へ進む」をクリック ⑤すでにAFFINGERの会員になっている場合は、ログイン情報を入力してログインする会員になっていない場合は、「会員登録する(無料)」の下の「次へ」をクリック ⑥赤字で「必須」と書いてある項目を入力して「新規ユーザー登録 ...

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ビースト FGO

2021/4/18

ビーストの天敵

※ここでいう『天敵』とは山の翁やオリオンのような「メタ的に有利を取れる」という意味ではなく、伝承や神話における『天敵』という意味です ビーストⅠ(ゲーティア)→ソロモン ゲーティアはソロモン王ではなく、七十二柱の魔神たちの集合体である。ソロモン王と人間たちの関係を嘆き、ソロモン王が無視し続けた人間の不完全性を克服しようと活動する呪いとなった。 ビーストⅡ(ティアマト)→マルドゥーク シュメル神話において、神々は真水であるアプスー、塩水であるティアマトから生み出された。その後、子供である神々は原父アプスーに ...

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平安時代

2021/4/18

【源平合戦】墨俣川の戦い

【前回までのあらすじ】平清盛は一刻も早く東国を帰服させるよう遺言を残していた。その遺言通りに平宗盛は頼朝追討のため家人を東国へ出発させ、平重衡もまた東国へ向かった……。 墨俣川の戦い 養和元年(1181)3月10日、源行家・源光家・源行頼・義円・泉重光らが尾張・三河の武士を引き連れて墨俣川の辺りに陣を張った。 平氏は大将軍平重衡をはじめ平維盛・平通盛・平忠度・平知度・平盛綱・盛久らが墨俣川の西岸に陣を張った。 源氏・平氏の兵力 『延慶本平家物語』では平氏軍3万騎、源氏軍6000騎と記されている。一方、『玉 ...

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平安時代

2021/4/18

【源平合戦】平清盛死去

【前回までのあらすじ】佐竹氏を倒した頼朝は平家追討の準備を進める。そんな折、平清盛が亡くなったとの知らせが鎌倉に届いた……。 平清盛死去 養和元年(1181)閏2月4日戌の刻、平清盛が九条河原口の平盛国邸で亡くなった。清盛は1月25日頃から病に臥せていたという。 清盛の遺言 三日後に葬儀を行い、遺骨は播磨国山田の法花堂に納め、七日ごとに作法通りの仏事を行うが、毎日してはならない。また、京都で追善の仏事を行ってはならない。子孫は東国を帰服させる計略を立てて実行せよ。 19日、三善康信の書状が鎌倉に到着した。 ...

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平安時代

2021/4/17

【源平合戦】金砂城の戦い

【前回までのあらすじ】千葉常胤・三浦義澄・上総広常の進言を受けた頼朝は、まず東国を平定してから上洛することにした。弟・義経との再会も果たし、頼朝は常陸国に向けて出発した……。 【源平合戦】富士川の戦い 金砂城の戦い 治承四年(1180)10月27日、頼朝は佐竹秀義を追討するため常陸国へ向けて出発した。この日は御衰日のため周りから反対されたが、日柄を気にする必要はないとした。 御衰日 陰陽道で慎むべきとされた日取り。行年衰日(その人の年齢によって決まるもの)と生年衰日(生まれ年によって決まるもの)の2種類あ ...

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