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木曽義仲(源義仲)
2022/1/15
木曽義仲(源義仲)は源義賢みなもとのよしかたの次男で、父義賢は源為義の次男で源義朝の弟にあたる。つまり、義仲は頼朝の従兄弟にあたることになる。 略系図 為義と義朝の関係が悪化するなか、上野国および武蔵 ...
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源頼朝
2022/1/22 源頼朝
幼少期 久安三年(1147)、源頼朝は河内源氏の源義朝と熱田神宮の大宮司藤原季範の娘由良御前との間に生まれた。 頼朝は嫡子として育てられ、保元三年(1158)12歳で皇后宮権少進に任ぜられると、翌年に ...
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御家人制度
2021/12/14
源頼朝は全国の武士を一つにまとめるために、新たな統合原理として御家人制を模索するようになる。元々は「家人」という言葉に、主人に対する敬意の表現として「御」がついただけの言葉である。 鎌倉幕府の誕生によ ...
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守護・地頭
2021/7/26
守護は国を単位とする軍事・警察権を掌握する役職で、地頭はその土地を領有する「地頭人」を意味する。 守護地頭制が成立した背景 義経を捜索するため 大和国の吉野山・多武峰とうのみねに一時潜伏していたという ...
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梶原景時
2021/12/27
梶原氏は桓武平氏の一流三浦氏―大庭氏の系譜で、後三年の合戦で武名を残した鎌倉権五郎景政の子孫にあたる一族である。鎌倉氏は相模国鎌倉郡を中心に勢力を拡大させた一族で、「梶原」は現在の鎌倉市梶原周辺と考え ...
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頼朝と義経の対立
2021/9/18 源頼朝
対立の予兆 馬引の役目 養和元年(1181)7月20日、鶴岡若宮の上棟の儀式で義経は職人たちに与える馬を引くことを卑しい役目として拒否した。だが、頼朝はこれを許さず他の御家人同様義経に馬を引かせた。 ...
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源頼朝と八重姫の出逢い
2022/1/13
八重姫は源頼朝の最初の妻といわれ、『曽我物語』では二人の出逢いから別れまでが語られている。 あらすじ 共通 伊豆国で流人として暮らしていた源頼朝は、伊東祐親の三女八重姫と恋に落ちた。やがて八重姫は千鶴 ...
