鎌倉時代

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【承久の乱】宇治川の戦い

2021/3/27    

概要 承久三年(1221)6月13日、北条時房らは野路よりそれぞれの道に分かれた。北条泰時は栗子山(京都府宇治市の東南部の丘陵)に陣を構えた。足利義氏・三浦泰村は泰時には報告せず、宇治橋の辺りに向かい ...

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十三人の合議制

2021/8/15  

源頼朝の没後、長男・源頼家は左中将となる。建久十年(1199)1月26日には「前征夷大将軍朝臣(頼朝)の遺跡を相続し、その家人・郎従らに命じて、以前と同じく諸国の守護を奉公せよ」との宣旨が下った。 し ...

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源実朝の暗殺

2021/8/3    

源実朝の暗殺については諸説あるが、この事件が承久の乱の原因となったことははっきりしている。 実朝暗殺 実朝暗殺の予兆 建保七年(1219)正月二十七日、源実朝が右大臣の拝賀のために鶴岡八幡宮に参拝した ...

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【承久の乱】北条政子の大演説〜山よりも高く海よりも深い鎌倉殿のご恩〜

2021/4/4    

背景 承久三年(1221)5月15日午の刻(正午頃)、伊賀光季が誅殺され、藤原光親に勅して北条義時追討の宣旨が五畿七道に下された。さらに5月16日寅の刻(午前4時頃)、義時追討の宣旨を託された押松(藤 ...

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富士の巻狩

2021/5/23  

背景 後白河院の一周忌まで狩猟は禁止されていたが、禁止の日数が過ぎたため、頼朝が下野国那須野・信濃国三原などの狩倉を見るために狩りが行われることになった。 狩りの準備 狩猟に馴れている人々の中でも特に ...

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曽我兄弟の仇討ち

2021/3/6  

『吾妻鏡』の記録 富士の夜襲 建久四年(1193)五月二十八日、子の刻に故伊東次郎祐親法師の孫の曽我十郎祐成・同五郎時致が富士野にある神野の旅館に押しかけ、工藤左衛門尉祐経を殺害した。 また、備前国住 ...

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八幡神―源氏に信仰された武家の守護神

2021/1/5    

八幡神は日本に大陸文化が入ってきた北九州に生まれ、土着のさまざまな信仰や外来の仏教を巻き込みながら武家の守護神となって日本全国に浸透した神である。その正体は応神天皇だとされている。「応神」は諡号(送り ...

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