陰陽道用語が関わっている和歌を集めました。平安時代の生活に陰陽道が根付いていたことがわかります。
陰陽道と和歌
方違
蝉の羽 夜の衣は 薄けれど 移り香濃くも 匂ひぬるかな
和歌 | 蝉の羽 夜の衣は 薄けれど 移り香濃くも 匂ひぬるかな |
かな | せみのはね よるのころもは うすけれど うつりがこくも にほひぬるかな |
作者 | 紀友則 |
収録 | 『古今和歌集』 |
『古今和歌集』に「方違へに人の家に罷れりける時に、主の衣を着せたりけるを、朝にかへすとて詠みける」とある。
秋萩の 下葉につけて 目に近く よそなる人の 心をぞ見る
和歌 | 秋萩の 下葉につけて 目に近く よそなる人の 心をぞ見る |
かな | あきはぎの したばにつけて めにちかく よそなるひとの こころをぞみる |
作者 | 女 |
収録 | 『拾遺和歌集』雑秋 |
方違のために近所に移ってきた女が歌人という噂を聞いた紀貫之が、どうにかして歌を詠むところを見ようとしたが、言い寄る前に女の方から歌を送ってきた。
片時も 見ねば恋しき 君を置きて 怪しや幾夜 外にねぬらむ
和歌 | 片時も 見ねば恋しき 君を置きて 怪しや幾夜 外にねぬらむ |
かな | かたときも みねばこいしき きみをおきて あやしやいくよ ほかにねぬらむ |
作者 | 藤原有文朝臣 |
収録 | 『後撰和歌集』恋の歌 |
方違のために他所の家で寝ることになった男の歌。
千世へむと 契りおきてし 姫松の 根差し初めてし 宿はわすれじ
和歌 | 千世へむと 契りおきてし 姫松の 根差し初めてし 宿はわすれじ |
かな | ちよへむと ちぎりおきてし ひめまつの ねざしそめてし やどはわすれじ |
作者 | よみ人知らず |
収録 | 『後撰和歌集』恋の歌 |
『後撰和歌集』に「方違へに人の家に人を具してまかりて、帰りて遣はしける」際の歌とある。
逢ふことの 方塞がりて 君来ずは 思ふ心の 違ふばかりぞ
和歌 | 逢ふことの 方塞がりて 君来ずは 思ふ心の 違ふばかりぞ |
かな | あふことの かたふたがりて きみこずは おもふこころの たがふばかりぞ |
作者 | よみ人知らず |
収録 | 『後撰和歌集』恋の歌 |
つらからば 人に語らむ しきたへの 枕交はして 一夜寝にきと
和歌 | つらからば 人に語らむ しきたへの 枕交はして 一夜寝にきと |
かな | つらからば ひとにかたらむ しきたへの まくらかはして ひとよねにきと |
作者 | 藤原義孝 |
収録 | 『拾遺和歌集』雑賀 |
『拾遺和歌集』に「修理大夫惟正の家に方違に行ったときに、出された枕に書きつけた歌」とある。
家ながら 別るる時は 山の井の 濁りしよりも 侘びしかりけり
和歌 | 家ながら 別るる時は 山の井の 濁りしよりも 侘びしかりけり |
かな | いえながら わかるるときは やまのいの にごりしよりも わびしかりけり |
作者 | 紀貫之 |
収録 | 『拾遺和歌集』雑恋 |
『拾遺和歌集』に「三条の尚侍が方違のために移ってきて、帰る日の朝に『しずくににごる』ほどの歌は今は詠めないでしょうとあったので、車に乗ろうとした時の歌」とある。
祭祀
属星
百年に 八十年添へて 祈りける 玉の験を 君みざらめや
和歌 | 百年に 八十年添へて 祈りける 玉の験を 君みざらめや |
かな | ももとせに やそとせそへて いのりける たまのしるしを きみみざらめや |
作者 | 惟済法師 |
収録 | 『後撰和歌集』 |
『後撰和歌集』に「年星行ふとて、女檀越のもとより数珠を借りて侍りければ、加へて遣はしける」とある。
禊ぎ・祓え
君により 言の繁きを 故郷の 明日香の川に 禊しに行く
和歌 | 君により 言の繁きを 故郷の 明日香の川に 禊しに行く |
かな | きみにより ことのしげきを ふるさとの あすかのかわに みそきしにいく |
作者 | 八代女王 |
収録 | 『万葉集』 |
恋せじと みたらし川に せし禊 神は受けずぞ なりにけらしも
和歌 | 恋せじと みたらし川に せし禊 神は受けずぞ なりにけらしも |
かな | こひせじと みたらしがわに せしみそぎ かみはうけずぞ なりにけらしも |
作者 | 在原なりける男 |
収録 | 『伊勢物語』『古今和歌集』 |
誰が禊 木綿付鳥か 唐衣 竜田の山に をりはへて鳴く
和歌 | 誰が禊 木綿付鳥か 唐衣 竜田の山に をりはへて鳴く |
かな | たがみそぎ ゆふつけどりか からごろも たつたのやまに をりはへてなく |
作者 | よみ人知らず |
収録 | 『古今和歌集』 |
知らざりし 大海の原に 流れ来て 人形にやは ものは悲しき
和歌 | 知らざりし 大海の原に 流れ来て 人形にやは ものは悲しき |
かな | しらざりし おほうみのはらに ながれきて ひとかたにやは ものは悲しき |
作者 | 光源氏 |
収録 | 『源氏物語』須磨 |
人形:陰陽師が祓えを行うときに用いる道具。
遥々と 行く川ごとに 祓ふとも 我が嘆きをば 離れしもせじ
和歌 | 遥々と 行く川ごとに 祓ふとも 我が嘆きをば 離れしもせじ |
かな | はるばると ゆくかわごとに はらふとも わがなげきをば はなれしもせじ |
作者 | 春宮 |
収録 | 『うつほ物語』 |
木綿襷 かけても言ふな 仇人の あふひてふ名は 禊にぞせし
和歌 | 木綿襷 かけても言ふな 仇人の あふひてふ名は 禊にぞせし |
かな | ゆふだすき かけてもいふな あだびとの あふひてふなは みそぎにぞせし |
作者 | よみ人知らず |
収録 | 『後撰和歌集』夏の歌 |
誓はれし 賀茂の河原に 駒停めて しばし水かへ 影をだに見む
和歌 | 誓はれし 賀茂の河原に 駒停めて しばし水かへ 影をだに見む |
かな | ちかはれし かものかわらに こまとめて しばしみずかへ かげをだにみむ |
作者 | 敦忠朝臣母 |
収録 | 『後撰和歌集』雑歌 |
『後撰和歌集』に「河原に出でて祓へし侍りけるに、大臣(藤原時平)も出で逢ひて侍りければ」とある。
雑歌
庚申信仰
参考庚申信仰
庚申信仰は中国の道教における習俗が平安時代に陰陽道の一種として伝わったもので、干支の一つである庚申の日の夜に社寺の庚申社や庚申堂に集まり、お神酒や精進料理を供えて祭事を行い、一晩を過ごした習俗である。 ...
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いとどしく 寝も寝ざるらむと 思ふかな 今日の今宵に逢へる織女
和歌 | いとどしく 寝も寝ざるらむと 思ふかな 今日の今宵に逢へる織女 |
かな | いとどしく いもねざるらむと おもふかな けふのこよひに あへるたなばた |
作者 | 清原元輔 |
収録 | 『拾遺和歌集』秋の歌 |
『拾遺和歌集』に「七夕庚申にあたりて侍りける年」の歌とある。
占い
大船の 津守が占に 告らむとは まさしに知りて 我が二人寝し
和歌 | 大船の 津守が占に 告らむとは まさしに知りて 我が二人寝し |
かな | おほぶねの つもりがうらに のらむとは まさしにしりて わがふたりねし |
作者 | 大津皇子 |
収録 | 『万葉集』 |
大津皇子が密かに石川郎女のもとに通った際、津守連通がそのことを占って露わにしたので、皇子が詠んだ歌。陰陽師の津守連通が二人の密通を占い示した。
月夜には 門に出で立ち 夕占問ひ 足占をぞせし 行かまくを欲り
和歌 | 月夜には 門に出で立ち 夕占問ひ 足占をぞせし 行かまくを欲り |
かな | つくよには かどにいでたち ゆふけとひ あしうらをぞせし いかまくをほり |
作者 | 大伴坂上大嬢 |
収録 | 『万葉集』 |
宵々に 枕定めむ 方もなし いかに寝し夜か 夢に見えけむ
和歌 | 宵々に 枕定めむ 方もなし いかに寝し夜か 夢に見えけむ |
かな | よひよひに まくらさだめむ かたもなし いかにねしよか ゆめにみえけむ |
作者 | よみ人知らず |
収録 | 『古今和歌集』 |
かく恋ひむ ものとは我も 思ひにき 心の占ぞ まさしかりける
和歌 | かく恋ひむ ものとは我も 思ひにき 心の占ぞ まさしかりける |
かな | かくこひむ ものとはわれも おもひにき こころのうらぞ まさしかりける |
作者 | よみ人知らず |
収録 | 『古今和歌集』 |
呪詛・祟り
いそのかみ 古りにし恋の 神さびて 祟るに我は 寝ぞねかねつる
和歌 | いそのかみ 古りにし恋の 神さびて 祟るに我は 寝ぞねかねつる |
かな | いそのかみ ふりにしこひの かみさびて たたるにわれは いぞねかねつる |
作者 | よみ人知らず |
収録 | 『古今和歌集』 |
番外編
晴明の先祖たちの歌
子らが家道 やや間遠きを ぬばたまの 夜渡る月に 競ひあへむかも
和歌 | 子らが家道 やや間遠きを ぬばたまの 夜渡る月に 競ひあへむかも |
かな | こらがいへぢ ややまどほきを ぬばたまの よわたるつきに きほひあへむかも |
作者 | 中納言安倍広庭 |
収録 | 『万葉集』 |
安倍広庭は阿倍御主人の子。
雨降らず との曇る夜の ぬるぬると 恋ひつつ居りき 君待ちがてり
和歌 | 雨降らず との曇る夜の ぬるぬると 恋ひつつ居りき 君待ちがてり |
かな | あめふらず とのぐもるよの ぬるぬると こひつつをりき きみまちがてり |
作者 | 中納言安倍広庭 |
収録 | 『万葉集』 |
かくしつつ あらくをよみぞ たまきはる 短き命を 長く欲りする
和歌 | かくしつつ あらくをよみぞ たまきはる 短き命を 長く欲りする |
かな | かくしつつ あらくをよみぞ たまきはる みじかきいのちを ながくほりする |
作者 | 中納言安倍広庭 |
収録 | 『万葉集』 |
後れ居て 我れはや恋ひむ 印南野の 秋萩見つつ 去なむ子ゆゑに
和歌 | 後れ居て 我れはや恋ひむ 印南野の 秋萩見つつ 去なむ子ゆゑに |
かな | おくれいて あれはやこひむ いなみのの あきはぎみつつ いなむこゆえに |
作者 | 阿部大夫 |
収録 | 『万葉集』 |
安倍広庭が作者という説がある。
去にし年 根こじてうゑし 我が宿の 若木の梅は 花咲きにけり
和歌 | 去にし年 根こじてうゑし 我が宿の 若木の梅は 花咲きにけり |
かな | いにしとし ねこじてうえし わかやどの わかぎのうめは はなさきにけり |
作者 | 中納言安倍広庭 |
収録 | 『拾遺和歌集』雑春 |
陰陽師たちの歌
梅の花 手折りかざして 遊べども 飽き足らぬ日は 今日にしありけり
和歌 | 梅の花 手折りかざして 遊べども 飽き足らぬ日は 今日にしありけり |
かな | うめのはな たをりかざして あそべども あきだらぬひは けふにしありけり |
作者 | 陰陽師磯氏法麻呂 |
収録 | 『万葉集』雑歌 |