平安時代中期、源頼光は重病で病に臥しており、あらゆる薬を処方しても回復しなかった。ある夜、頼光の前に見知らぬ法師が現れ、病状を尋ねてきた。法師の正体は土蜘蛛の妖怪だと見抜いた頼光は、枕元に置いてあった源氏の名刀・膝丸を抜いて妖怪を斬りつけた。土蜘蛛を斬ったことから、頼光は膝丸を蜘蛛切と改名した。
いろいろな土蜘蛛退治
平家物語剣巻
ある夏、源頼光は病を患い毎日苦しんでいた。
だが、一時的に容態が回復したので、頼光を看病していた四天王は休息を取りに行った。
夜が更けると一人の法師が頼光に近づき縄を掛けようとしてきたので、頼光は慌てて飛び起き、膝丸で法師を切りつけた。すると、法師は跡形もなく消え失せた。
頼光が燭台の下を見ると血の跡があったので、四天王とともに跡を辿っていった。血の跡は、北野の後ろにある大きな塚のところで消えていた。その塚で、巨大な山蜘蛛が傷を負って倒れていた。頼光は四天王に山蜘蛛を河原に立てさせた。これによって、頼光は膝丸を蜘蛛切と改名した。
能:土蜘蛛
源頼光に仕える胡蝶という女が、病で臥せっている主人のために典薬頭から処方された薬を携えて頼光の屋敷に参上した。あらゆる手を尽くしても病気は治らず、頼光はすっかり気弱になって鬱々としていた。胡蝶が退出して頼光が独り病床に臥していると、見知らぬ法師が現れた。法師は頼光に病状を尋ねてきた。不審に思った頼光は、法師が「わが背子が来べき宵なりささがにの蜘蛛の振る舞いかねてしるしも」と口ずさむのを聞いて、法師の正体が蜘蛛の妖怪だと察した。法師が無数の糸筋を頼光に投げつけてきたので、頼光は枕元に置いてあった膝丸の刀を抜き払って斬りつけた。しかし、仕留めることはできなかった。蜘蛛を斬ったときの血の跡が残っていたので、頼光は侍臣の独武者に蜘蛛を退治するよう命じた。独武者とその従者たちが血の跡を辿っていくと、古い塚で途絶えていた。独武者が古塚を崩すと、塚の奥から土蜘蛛の精が襲いかかってきた。独武者たちは大勢で土蜘蛛を取り囲んで退治した。
前太平記
源頼光は一条大宮の知り合いのもとを時々訪ねており、今宵もそこに滞在して帰る途中、秋の半ばだったので冷たい風が頼光の身体に吹き付け、激しい頭痛が起こった。ようやく宿所に帰り着いたところで悪寒が走り、全身が燃えているかのように汗が湧き出て大いに苦しんだ。四天王をはじめ、近習の人々も心配になって看病した。
このことについて報告を受けた天皇は、典薬頭重雅に頼光を診断させた。重雅は頼光の脈を診て「夏の暑さにやられて秋に瘧病を発するのはよくあることです。あらゆる瘧はみな風によって生じます」と言って、薬を処方した。だが、薬を飲んでも効果はなく、頼光は毎日病に苦しんでいた。そこで、重雅をはじめ当時の名医が話し合ってあらゆる薬を試したが、熱は下がらなかった。十日余りが過ぎても、まだ治らなかった。
それから三十日余りが過ぎて、頼光の病は未だ治っていなかったが、少しだけ病状がよくなっていたとき、四天王をはじめ看病していた者たちは皆休息を取りに行った。
頼光が寝ていると、夢か現かもわからず、誰かが「我が背子が来べき宵なりささがにの蜘蛛の振る舞いかねてしるしも」と言う声が聞こえた。頼光が目を開けると、燭台の影から一人の法師が現れて、頼光の病状を尋ねてきた。頼光が具合は日に日に悪くなっていると答えると、法師は自分の仕業なのだからもっともだと言って、千筋の縄を投げつけて頼光を搦め捕ろうとしてきた。頼光ははっと起き上がり、枕元に立てていた膝丸を取って抜き払った。斬られた化生はそのまま消えていなくなった。
太刀の音を聞いて驚いた四天王たちは、我も我もと馳せ参じて何事かと尋ねると、頼光は一連の出来事を説明した。ここに右京大夫致忠の息子で左衛門尉藤原保昌は、頼光の舎弟淡路守頼親の母方の叔父だったので、頼光とも親しくしていた。今回も病に苦しむ頼光に昼夜付き添っていたが、まず手に灯りを持って辺りを見回したところ、燈台の下におびただしい量の血が付いており、妻戸の影から簀子の下へ続いていた。
「悪霊化生の仕業ならば、斬っても突いても血が流れることはないだろう。太刀で斬りつけた跡を見るに、これほどの血が流れているということは、今夜の曲者は有形のものにちがいない。血の跡を辿って居所を探し当て誅戮しよう」
頼光も頷き、四天王も同意して手に松明を持って血の跡を辿っていくと、北野の社の後ろにある大きな塚のところで途絶えていた。「妖怪の居所はこの塚だ」と言って、我も我もと塚の上にあった大きな石を手にとり投げつけて塚を崩した。地面から五、六尺底の大きな石の間から木の根のようなものが出てきたのを、五人の勇士が掴んでえいやと引いた。
中にいた曲者はたまりかねてむくりと起き上がり、たくさんの大石を左右にどかすと、瓦七尺ばかりの蜘蛛が現れた。眼は鏡のようで、口は炎を吐いているかのようで、羽ばたきして千筋の糸を投げつけてきた。だが、五人の勇士は物ともせず、一斉に襲いかかって搦め捕った。蜘蛛は起こって鯨のような声を上げ、八つの足を働かせて跳ね倒そうと狂った。四天王たちは蜘蛛を動かすまいともみ合う間に、保昌が蜘蛛の背に飛び乗り腰に付けていた差縄で搦め捕った。
そうしているうちに夜が明け、皆が大路を歩いて帰路についていると、人々が大勢集まってきて見物した。
「このような奇異の曲者を搦め捕るとは、人間の所業ではない」と皆舌を震わせた。こうして頼光の前に蜘蛛が引き据えられると「これほどの奴に一ヶ月余りも苦しめられていたのか。大路に曝せ」と命じて、蜘蛛は河原に立て置かれた。