基本情報
竹取物語とは
作品名 | 竹取物語(かぐや姫) |
作者 | 不明 |
時期 | 平安時代前期(9~10世紀前半頃) |
内容
天上の人々は、ほかに比べようがないほど美しい衣装を身に纏っており、空を飛ぶ車を一台用意している。
車には、薄絹を張った大きな傘を差し掛けてある。
その中にいる王と思われる人が、かぐや姫が暮らしていた家に向かって「造麻呂、出て参れ」と言うと、かぐや姫を絶対に渡すものかと心を強くもっていた翁も、物に酔ったような心地になり、うつ伏しに伏せた。
王と思われる人が言う。
「お前は、愚かである。
ほんのわずかではあるが善行を積んだので、お前の助けにと思って少しの間かぐや姫を置いておいたが、長年の間多くの黄金を賜って裕福になった。
かぐや姫は罪を犯したので、しばらくの間、このように賤しきお前のもとで暮らしていたのだ。
しかし、罪を償う期間も終えたので、こうして姫を迎えに来たのだが、お前は嘆き悲しむ。
だが、それでも姫を置いておくわけにはいかぬ。はやくこちらへ姫を渡せ」
翁は答えて申す。
「私は、二十年余りに渡ってかぐや姫を養ってきました。
あなたは『少しの間』とおっしゃいましたが、私はそうは思いませぬ。
別の場所にも、かぐや姫と申す方がいらっしゃるのではないでしょうか。
ここにいるかぐや姫は重い病を患っているので、出てこられないのです」
しかし、その返事はなく、屋根の上に空飛ぶ車を寄せて
「さあ、かぐや姫。どうして斯様な穢れた場所に長いこといらっしゃるのですか」と言う。
すると、かぐや姫を閉じ込めていた部屋の戸がたちまち開いた。
格子なども、その場に誰もいないのに開いてしまった。
嫗が抱いていたかぐや姫は、外に出ていった。
嫗は止められそうになく、ただかぐや姫を仰ぎ見て涙を流している。
かぐや姫は、心を乱している翁のところに近寄った。
「心ならずも帰ることになりましたので、空へ昇るのをお見送りください」
「なぜ、悲しいのに見送らなければならないのでしょう。
私をどうしろと言って、見捨ててお昇りになるのですか。
どうしてもここを離れなければならないのなら、私を連れて行ってください」
翁が泣き伏しているので、かぐや姫の心も乱れた。
「文を書き残しておきます。私を恋しく想うときに、取り出してご覧ください」
かぐや姫が涙を流しながら書く言葉は、
「この国に生まれたというのならば、あなたが生きているうちはおそばにいたかったのです。
なので、こうして離れ離れになってしまうのはとても心残りに思います。
私が脱いで置いていく衣を形見とお思いください。
月が出ている夜は、ご覧になってください。
あなたを見捨てて参る空から落ちてしまいそうな心地です」
と書き残した。
天人の中に、箱を持っている人がいた。
箱の中には、天の羽衣が履いている。
また、ある壺には、不死の薬が入っている。
一人の天人が言う。
「壺にあるお薬をお飲みください。
穢れた地上のものを召し上がったのですから、ご気分が悪いでしょう」と壺を手に持って近づいてきたので、かぐや姫は薬を少しだけなめた。
かぐや姫は飲み残した薬を少しだけ形見にしようと、脱ぎ置いた衣に包もうとしたが、そこにいる天人が包ませない。
天人が天の羽衣を取り出してかぐや姫に着せようとすると、かぐや姫が「少しだけ時間をください」と言う。
「天の羽衣を着た人は、地上にいた時とは心が異なってしまうといいます。
私には、一言伝えておかなければならないことがあります」
そう言って、かぐや姫は文を書く。
天人は「遅くなってしまうではないか」とじれったく思う。
かぐや姫は「もの分かりのないことをおっしゃらないで」と言って、とても静かに帝へ文を差し上げる。
落ち着いた様子である。
「このように多くの人を遣わして私を引き留めようとなさいますが、それを許さぬ迎えの者たちが参りまして、私を連れて行ってしまうので、申し訳なく悲しいことです。
宮仕えをしないままになってしまったのも、このように面倒な身の上ですから、納得できないとお思いになっておられるでしょうが、心を強くしてお受けしないままになっておりました。
無礼な者だと思われて心に留められてしまうことが、心残りでございます」と書いて、
今はとて 天の羽衣 着る折ぞ 君をあはれと 思ひ出でける
と、和歌と壺の薬を添えて、頭の中将を呼び寄せて帝に献上させた。
天人がかぐや姫から受け取り、中将に渡す。
中将が受け取ったのを見て、天人はかぐや姫に天の羽衣をさっと着せた。
すると、かぐや姫の心から翁を気の毒だ、かわいそうだと想う気持ちが消えていった。
この衣を着た人は、思い煩うことがなくなってしまうので、かぐや姫は車に乗り、百人ほどの天人を連れて空に昇っていってしまった。
補足
造麻呂(みやつこまろ)
竹取の翁のこと。
かぐや姫の和歌「今はとて……」
今はもうお別れだと、天の羽衣を着る時になってあなたのことをしみじみと思い出しております。