説話

竹取物語 現代語訳 蓬莱の玉の枝

基本情報

竹取物語とは

内容

倉持の皇子みこは策謀に長けている人で、朝廷には「筑紫国へ湯浴みに参ります」と休暇を申し出て、かぐや姫の家には使者を遣わして「蓬莱の珠の枝を取りに出かけます」と伝えさせてお出かけになろうとするので、皇子に仕えている人々はみな難波までお見送りした。

皇子は「なるべく、こっそりと行こう」と言って、大勢を率いることはせず、身近にお仕えしている人だけを連れていき、お見送りの人々は皇子の出発を見届けて帰っていった。

人々には「お出かけになられた」とお見せになり、三日後に漕いでお戻りになった。

皇子は兼ねてよりやる事をみな命じていたので、その当時腕利きであった鍛冶職人六名を呼び寄せて、人が容易く近寄れないような家を造り、かまどを三重に込めて、鍛冶職人たちを中に入れつつ、皇子も同じところに籠もった。
そして、かぐや姫が言っていたのとまったく違わない珠の枝が完成した。
皇子はとても巧みに計画を練って、珠の枝を密かに難波へ持ち出したのだ。

屋敷には従者を遣わして「船に乗って帰って参りました」と報告させ、自分はひどく疲れているように振る舞っていた。

たくさんの人々が皇子を迎えにやって来た。

皇子は珠の枝を長櫃ながひつに入れて物で覆い、それを持って参上した。

人々はいつ知ったのか、
「倉持の皇子が、優曇華の花を持って上洛なさったぞ」と騒ぎ立てた。

これを聞いたかぐや姫は「私は、この皇子に負けてしまうかもしれない」と、胸が押し潰されそうな思いだった。

そうしているうちに、かぐや姫の家の門を叩いて「倉持の皇子がいらっしゃいました」と従者の声がした。

「旅のお姿ながら、いらっしゃいました」と言うので、翁は皇子に会った。
皇子が「命を棄てる覚悟で、かの珠の枝を持ってきました。かぐや姫にお見せください」と言うので、翁は珠の枝を持って家の中へ入っていった。

この珠の枝には、文が結び付けられていた。

いたづらに 身はなしつとも 珠の枝を 手折らでさらに 帰らざらまし

かぐや姫は、この歌を趣深いとも思わなかったが、翁が走ってきて、
「この皇子にお願い申し上げた蓬莱の珠の枝とまったく同じものを持ってきてくれたのです。
どうしてあれこれと難癖をつけられましょうや。
皇子は旅の御姿のままご自宅へも寄らずに、こちらにお出でになったのです。
はやくこの皇子に嫁ぎなされ」
と言うので、かぐや姫は何も言えず、頬杖をついてひどく不本意そうにしていた。

皇子は「今さらあれこれと言うことはできぬだろう」と言って、縁側に這って上っていた。
翁も、皇子の言うとおりだと思い、
「この国では見られぬ珠の枝です。此度ばかりは、どうしてお断り申せましょう。
人柄もよき御方でいらっしゃいます」などと言う。

かぐや姫も「親の言うことをひたすら断るのも申し訳ない」と、手に入れ難いものをこのように持ってきたことを忌々しく思い、
翁は寝室の飾り付けをしている。

翁は、皇子に「蓬莱の木はどのようなところにあったのですか。妖しくも美しく、素晴らしきものです」と申したので、皇子は答えた。

「一昨年の如月(二月)の十日頃に、難波から船に乗って海へ出て、どこにあるかも分からぬまま漂っていたのだが、願いが成就しないのであれば生きていても仕方がないと思って、ただ空しく吹く風に身を任せて進んでいったのです。死んでしまったらどうしようとも思いましたが、生きている限りはとにかく船を進めて、蓬莱という山に辿り着こうと、船を漕ぎ海の上を漂いながら、我が国を離れていったのです。
ある時は、荒波に揉まれて海の底に沈みそうになりました。ある時は風に流されて知らぬ国に流れ着き、鬼のようなものが現れて私に襲いかかりました。ある時は方角がわからなくなって海で遭難しそうになり、またある時は食糧が尽きて草の根を食べたこともありました。言いようのない異形のものに喰われそうになったり、海の貝を採って食いつないだこともありました。

旅の空の下ですので助けてくれる人もおらず、いろいろな病にかかり何処へ行けばよいかもわかりません。
しかし、船の進む方に任せて海に漂い、五百日ほどが過ぎた辰の刻頃(午前八時)、海の向こうにうっすらと山が見えたのです。
船を進めて近づいていくと、その山はとても大きく、高くて立派でした。
この山こそ、我々が探し求めていた山にちがいないと思いましたが、さすがに恐ろしく思えたものです。

山の周りを二、三日かけて歩いていたところ、天上の装いをした女性が山から出てきました。
彼女は銀のお椀を持って、水を汲んで歩いておりました。
それを見た私は船を降りて『この山の名は何というのか』と尋ねました。
すると、彼女は蓬莱の山だと答えました。
これを聞いたときは、この上もなく喜びました。
彼女に名前を尋ねると『我が名はうかんるり(宝冠瑠璃)である』と言って山の中へ入っていきました。

山を眺めると、これ以上は登れそうにありませんでしたので、周りを巡っていると、この世のものとは思えぬ花が咲いている木が立っておりました。
黄金・銀・瑠璃色の水が山から流れていて、その川にはいろいろな珠で飾られた橋がかかっておりました。
辺りには照り輝いている木々が立っており、その中から採ってきたこの枝は質の良いものではなかったのですが、かぐや姫がおっしゃっていたものと違ってはならないと、この花をもってきたのです。

山は、とても興味深いところでした。
この世には例えるものがないほどでしたが、枝を折ってしまうと、かぐや姫に会うのが待ち遠しくなって、船に乗りました。

すると、追い風が吹きましたので、四百日余りで戻って来れました。
神様のお力添えでしょうか。
難波より、昨日都に参りました。そして、潮に濡れた衣を着替えることもせず、こちらへ参上したのです」

翁はこれを聞いて、たいそう感激して歌を詠んだ。

くれ竹の よよの竹取 野山にも さやはわびしき 節をのみ見し

皇子も和歌を聞いて「このところ、思い煩っていた心は今日落ち着きました」と言って、歌を返した。

わが袂 今日乾ければ わびしさの 千種の数も 忘られぬべし

そうしているうちに、六人の男がぞろぞろと庭にやって来た。

一人の男が、文挟みに書状を挟んで申し上げる。

内匠寮たくみつかさの工匠、漢部内麻呂が申し上げます。
珠の木を作る仕事について、五穀を絶ち、千日余りかけて珠の木の制作に尽力しましたのは、並大抵の労力ではございませんでした。
しかしながら、未だに禄を賜っておりませぬ。
これを賜り、ふつつかな弟子たちに与えたいのです」

そう言って、工匠は皇子に文を差し出した。

翁は、この工匠らは何を言っているのだろうと首を傾げている。

皇子は我を忘れた様子で、肝が消えそうな心地だった。

これを聞いたかぐや姫は「この文を取りなさい」と言って、従者に文を取らせた。
その文には、こう書かれてあった。

「皇子は千日間、身分の賤しき工匠らとともに同じところにお隠れになって素晴らしい珠の枝を作らせなさり、官職も頂けると仰せになっておりました。
この頃、これについて案じておりましたが、珠の枝はかぐや姫に頼まれたものだと伺いまして、この家から褒美を賜りたく存じます」

工匠が「褒美を頂けるはずです」と言うのを聞いて、かぐや姫は、日が暮れるにつれて皇子に嫁ぐことを案じていたのが、笑い栄えて、翁を呼んで言った。

「まことの蓬莱の木かと思いましたが、このようにおもしろみのない虚言そらごとでしたので、はやくお返しになってください」

翁は「この枝は皇子が作らせたものだとはっきり耳にしましたので、返すのは容易いことです」と頷いた。

かぐや姫の心は晴れて、先程の皇子の歌に返歌を詠んだ。

まことかと 聞きて見つれば 言の葉を 飾れる珠の 枝にぞありける

そして、珠の枝も返してしまった。

つい先程まで皇子と語らっていた翁も、さすがに気まずくなって眠ったふりをしている。

皇子は立っていても座っていても落ち着かず、居心地が悪そうにしている。
日が暮れると、滑る出るようにその場を去った。

かぐや姫は、褒美が出ないことを愁えて皇子を訴えた工匠たちを呼んで控えさせ「嬉しい方々です」と言って褒美をたくさん与えた。
工匠たちもたいそう喜んで「思っていたとおりでした」と言って帰った。

ところが、帰り道でくらもちの皇子に遭遇し、血が流れるまで打たれてしまった。

工匠たちは褒美を得た甲斐もなく、皇子がみな取り上げて捨てたので、逃げていった。

こうして、この皇子は「一生の恥だ。これを超えるものはないだろう。女を得られなかっただけなく、世の人々にあれこれと思われることの恥ずかしさよ」と言って、ただ一人で山深くへ入ってしまわれた。

屋敷に仕えている人々はみな手分けして皇子を捜したが、お亡くなりになったのだろうか、見つけることができなかった。
それは、皇子がお供に見つからないように隠れて、何年も姿を現さなかったからだった。

この珠の枝の件をきっかけに「たまさかる」という言葉が使われ始めた。

補足

翁の和歌「くれ竹の……」

訳:代々、竹を取るために野山へ入るが、そのように大変なことがあっただろうか。(いや、ない。)

皇子の和歌「わが袂……」

訳:涙で濡れていた私の袂も、今日乾きました。千種類もの辛さも忘れられるでしょう。

かぐや姫の和歌「まことかと……」

訳:本物の珠の枝と聞いていたのに、言葉巧みに飾った偽物だったのですね。

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