妖怪 鎌倉時代

殺生石

殺生石の由来

昔、中国やインドで美しい女性に化けて悪行を重ねていた白面金毛九尾の狐が今から800年前程日本に渡来しました。
九尾の狐は、「玉藻の前」と名乗って朝廷に仕え、日本国を亡ぼそうとしていました。
しかし、陰陽師阿部泰成に正体を見破られると、九尾の狐は那須野が原まで逃げてきました。
ここでも九尾の狐は悪さを繰り返していたので、朝廷は三浦介、上総介の両名に命じ遂に九尾の狐を退治しました。
すると、九尾の狐の姿は石になり毒気を放ち始め、近づく人や獣を殺し続けました。
これを伝え聞いた泉渓寺の源翁和尚が毒石に向かって大乗経をあげ続けると、一筋の白煙とともに玉藻の前の姿が現れ、石は三つに割れて飛び散り、一つがここに残りました。
それ以来、人々はその石を殺生石と呼ぶようになり、今に伝えられています。

那須町

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参考玉藻前伝説

白面金毛九尾の狐は、殷(中国)、天竺(インド)、そして日本の平安王朝を股にかけて悪事を働いた妖狐である。 中国 殷(妲己) 殷の紂王は悪知恵の働く男で、天下において自分に及ぶものはいないと驕り、酒と女 ...

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玄翁和尚

曹洞宗の高僧玄翁が那須野を通りかかった。
道のほとりに苔むした大きな石があった。
この石には何かいわれがあるのだろうと思った玄翁は、通りすがりの里人に尋ねた。
里人は美しい女で、「この石は殺生石といって、触れると人間や鳥類、畜類までもが命を落とすといわれる恐ろしい石です。早く立ち去ってください」という。
玄翁が「なぜこの石に触れると命を落とすのか」と問うと、女は玉藻前の話をした。
実は、女の正体は玉藻前の亡霊であった。
玄翁が石に向かって衣鉢を授け、花を手向けて焼香や説法をしてやると、石は粉々に砕け散って玉藻前も成仏した。

『那須記』における記述

明徳元年(1390)正月、三浦介の子孫角田綱利が那須野に狩りに出かけた時、一人の美女に出会った。
彼女を追いかけると、女は突然鬼となって綱利をつかみ空に上ろうとしたが、綱利は鬼を切って難を逃れた。
鬼の正体は三浦介に討たれた玉藻前で、その子孫に報復しようとしていたのだ。

この報告を受けた足利氏満は、能登国総持寺の峨山和尚に玉藻前の調伏を依頼し、峨山は弟子の大徹を派遣した。
大徹は那須野の深山に分け入り、石が法力に屈したことを知り本国に戻った。

一方、会津にいた玄翁和尚は殺生石を引導せよという夢を見て、那須野に向かい杖で石を砕いた。
玄翁は石から現れた霊を供養し、玉藻前は篠原稲荷大明神として祀られたという。

殺生石と松尾芭蕉

元禄2年(1689)この地を訪れた俳人芭蕉は、紀行「奥の細道」に次のように記しています。

「殺生石は温泉の出づゆ山陰にあり。石の毒気いまだ滅びず、蜂、蝶のたぐひ真砂の色の見えぬほど重なり死す。」

この様子から、当時は相当の火山性ガスが発生したと思われます。
また、この地に残した一句を紹介しましょう。

「石の香や 夏草赤く 露あつく」

現在は、ガスの噴出量は少なくなっているものの、硫黄色を残した巨石群と噴気は、往時の雰囲気を漂わせています。

 

芭蕉が「奥の細道」に書きとめた風景は、今なお当時の雰囲気をとどめていることから、平成26年に国の名勝として「おくのほそ道風景地」に指定されました。

盲蛇石(めくらへびいし)

昔、五左エ門という湯守が長くきびしい冬を越すために山に薪を採りに行きました。
その帰り道五左エ門がこの殺生河原で一休みしていると、2メートルを超える大きな蛇に出会いました。
大きな蛇の目は白く濁り盲の蛇でした。
かわいそうに思った五左エ門は、これでは冬を越せないだろうと蛇のためにススキと小枝で小屋を作ってあげました。

次の年、蛇のことを忘れなかった五左エ門は、湯殿開きの日に小屋に来て蛇をさがしました。
しかし、蛇の姿はどこにもなく、かわりにキラキラと輝く湯の花がありました。
盲蛇に対する暖かい気持が神に通じ、湯の花のつくり方を教えてくれたのでした。
その後、湯の花のつくり方は村中に広まり、村人は盲蛇に対する感謝の気持を忘れず、蛇の首に似たこの石を盲蛇石と名付け大切にしたのだそうです。

環境庁・栃木県

基本情報

アクセス

住所 〒325-0301  栃木県那須郡那須町大字湯本182
電話番号 0287-76-2619 (那須町観光協会)
営業時間/休業日 無休
料金 無料
電車・バスでのアクセス JR那須塩原駅西口から東野バス「那須ロープウェイ」行き、「那須湯本」下車、徒歩約3分。又は、黒磯駅西口から東野バス「那須ロープウェイ」行き、「那須湯本」下車、徒歩約3分。
車でのアクセス 那須ICより県道17号線北進約30分
駐車可能台数
30台
駐車料金 無料

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やみみん

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