基本情報
安倍晴明物語とは
内容
五条の辺りに住むある男が、若い女と懇ろになり元の妻を捨てようとした。
元妻の嫉妬と怒りはこの上なく、
「なんとしてでも、生きながらにして鬼となり、憎き夫と若い女を思いのままに取り殺そう」と思い立った。
そして、毎晩、都から貴船神社へ三里の山坂を越えて丑の刻参りをした。
明神も邪な男の振る舞いをよく思わなかったのだろう。
二十一日(三七日)目の満願の夜、元妻に明神の御示現があった。
「お前が常日頃祈る心を憐れに思うゆえ、教えてやろう。
まことに鬼となりたければ、髪を乱して揺り下げ、前髪を二つに分けて一対の角のように結い、顔に朱を差して、身体に丹を塗り、頭に鉄輪をかぶり、その鉄輪の三つの足に松明を燃やせ。
怒りの心を持って貴船川に腰まで浸かって立っておれば、自ずと鬼になるだろう」
そうはっきりと御示現があったので、女はとても喜び、教えられた通りの身なりをして、人々が寝静まった夜更けに貴船の方へ走り出した。
女の頭上には三本の火が燃え上がり、眉は太く、歯を黒く塗り、身体も顔も紅に染まっていたので、見るからに鬼のような姿だった。
それを見た者は魂が消えてしまうほど驚いて、そのまま倒れ伏して死んでしまった。
さて、女は貴船川に七日間浸かり、ついに生きながらにして鬼となった。
ある日、女の夫だった男が晴明のもとを訪ねてきた。
「このところ、ずっと嫌な夢を見ているのです。どうしてでしょうか。占っていただけませんか」
晴明は手を打って言った。
「占うまでもない。これは女の恨みによるもので、今夜のうちに命を取られるだろう」
男は大いに驚いた。
「ならば、隠さずすべてを申し上げましょう。
私はこの度若い女房をもらい、元の妻を捨てました。
そのせいで私をこの上なく恨んで神仏に祈っているとお聞きしましたが、もしやそのことでしょうか」
晴明は答えた。
「まさしく、お前の元の妻は鬼となって、今夜お前の命を奪いに来るだろうから、今さら祈っても助からないだろう」
男は青ざめて身震いし、泣きながらひたすら「どうか、祈念加持をしてお助けください」と手を合わせて嘆いた。
そこで、晴明は
「こうなったら、どうにかして命を転じ替えよう」と言って祈祷を行うための壇を設けた。
茅の葉で男と同じ背丈の人形を作り、内側に夫婦の名字を記して、三重の高棚に十二本の灯台を立てて火を灯した。
それから五色の幣を切り、大小の神祇・冥道・五大明王・九曜・七星・二十八宿の諸神を呼び起こした。
晴明が懸命に祈祷していると、俄に雨が降り出し、稲妻が光り、荒々しい風が吹き下ろした。
壇上がしきりに鳴動し、鬼女の姿が棚の上に現れ、男の人形が横たわっている枕元に立った。
鬼女は「あら、うらめしや」と言うやいなや、笞を振り上げて男を打ち据えようとした。
しかし、ちょうどその時、晴明が呼んだ不動明王に金縛りをかけられて鬼女は苦しみだした。
そうして、鬼女は「もう二度と来るものか」と言い残して掻き消すようにいなくなった。
男の命は、助かった。