基本情報
安倍晴明物語とは
内容
晴明が入唐してから三年の間に、留守を頼まれていた弟子の道満法師は、晴明の妻梨花と契りを結び、比翼連理の如く仲睦まじくなっていた。
ある時、道満は梨花に語りかけた。
「晴明はすでに唐へ渡り、また何か秘伝の書を伝えているらしい」
「何かは分かりませんが、四寸四方の金の箱と五寸四方の栴檀香木の箱を石の唐櫃に入れ、錠を下ろして戌亥の庫に置かれました」
「私たちはもう夫婦となったのだから、それを一目見せてくれないか」
「あなたのためなら命さえも差し上げても構わないのですから、それ程のことでしたら容易いことです」
梨花は惜しむことなく、道満にこっそりと唐櫃を開けて見せた。
道満は大いに喜んで箱を取り出したが、蓋が開かない。
箱の上には一文字が書かれている。一の字に「うつ」という読みがあったので、道満はこれを打ってみた。
すると、蓋が開いた。
中には伯道が伝えた金烏玉兎集と、もう一つの箱には吉備公から譲り遺された簠簋内伝が入っていた。
道満はこれらを皆ことごとく写し取り、元通りに封をして石の櫃にしまった。
その後、晴明は殿上に伺候し、豊明の節会の御遊で酔いつぶれた状態で帰宅した。
晴明がひどく酔っているのを見て、道満は言った。
「私は、去る夜の夢で、大唐の五台山に詣でて文殊菩薩にお会いし、金烏玉兎集と簠簋内伝という書を授かったのですが、目が覚めると枕元にこれらの書が置いてあったのです」
晴明は酔った勢いで何気なく言った。
「夢は妄想顛倒の心から見るものなのだから、たとえ夢の中で千金を得たとしても、夢から醒めてしまえば手元にはまったくない。
だから『聖人は夢を見ない』と言われるのです」
「天竺では釈尊が夢合わせをして説法をされました。
大唐では、堯王は眉毛が長くなって国中を覆う夢を見て王位に上り、舜王は天に昇る夢を見て御位に就かれました。
日本においては、神武天皇が海を呑む夢をご覧になってから天下は太平に治まり、天武天皇は山を抱く夢を見て御位に就かれました。
古代三国とも夢で奇特を受けた例は多いのに、どうして『聖人は夢を見ない』などと言えるのですか」
「聖人はまったく夢を見ないと言っているのではない。
真人は物事の理に通達して心法をよく納めているゆえに、妄想の夢を見ないということなのだ。
そなたのような私利私欲に満ちており、高慢で移り気な者が聖人と同じ正夢を見るとは、思いもよらないことだ。
まして、文殊菩薩から授かった書典があるなどとは、言うまでもないだろう」
さまざまに問答して一方的に論じたので、道満は「では、その相伝が私の手元にあるか賭けてみましょう」と言う。
晴明は大いに笑って、首を賭けようと言うと、道満は写し取った書を懐から取り出して見せ、すぐに晴明の首を打ち落とした。
そして、密かに晴明の亡骸を五条河原に埋めて、塚を造った。
道満は梨花と夫婦になり、本望を遂げたと喜んだ。
しかし、日頃から召し使っていた殿原・中間・女房たちはみな打ち倒れて藁苞や木の屑となり、二人のほかには家に誰もいなくなってしまった。
道満は新しく木のきれをこしらえ、加持をして人間に変え、今までと同じように召し使った。