説話

安倍晴明物語(安倍晴明記) 現代語訳 道満と晴明、智恵比べのこと

基本情報

安倍晴明物語

内容

晴明の家を訪れる前に、道満は都の市人に近づいて晴明について尋ねた。
市人は答えた。
「晴明様はこの上なく霊験あらたかな御方で、未来の出来事を前もってご存じでおられますが、この二十日程前から『播磨国より、私と勝負しに都へ上ってくる者がいる』と待っておられます」

それを聞いて、道満はひどく胸騒ぎがした。

それから、道満は大きな柑子に加持を行い従者と召使いの姿に変え、木の枝や細い竹に祈って太刀や長刀の形に変えて、彼らを召し連れて晴明の家に着いた。

晴明は道満たちを出迎えて奥に招き、いろいろともてなした。
しかし、道満の召使いは人間ではないので、みな藁苞わらづとになってしまった。

「私はあなたの評判を耳にして、どちらがより優れているか智恵比べをしようと都に上ってきたのです」

「それは良いことです。兎にも角にも、仰る通りにしましょう」

「せっかくですから、宮中の南殿の御庭の前で比べましょう」

「なるほど。では、そうすることにいたしましょう」

晴明が帝に奏聞したところ許可を得られたので、晴明と道満は揃って参内した。

帝は南殿にお出ましになり、二人の対決をご覧になる。
お后方も御簾の内にお出ましになる。
公卿や殿上人も残らず参上したので、地下の衛府の諸役人なども並んで座り、対決を見る。
何とも、にぎやかな見物だった。

まず、道満法師が御庭の白砂を手に取り、しばらく念仏を唱えて小石を空に投げ上げた。
すると、その小石は燕となって飛び巡った。

人々はこれをご覧になり「ああ、なんとすごいことだ」と感動していたその時、晴明が扇を一打ちすると数十羽の燕が一同に地面に落ちて、元の小石に戻った。

それから、晴明はすぐに座を立って、陽明門の方に向かって呪文を唱えた。
すると、突然大きな竜が空から降りてきて、雲を起こして雨を降らせた。

庭にいた人々はびっしょり濡れて、その場に立ち尽くしていた。
道満があれこれしても雨は降り止まない。

御溝の水が地面に流れ、舟を浮かべられるほどに水かさが増してきたので、庭の人々は腰まで水に浸かってしまい、高いところへ上っていった。

「今日のところはここまでにしておこう」と、晴明が再び何かを唱えると、雨は上がり、空も晴れて、水は干上がった。

御庭にいた人々はびしょ濡れになってしまったと思ったが、衣服を見ると、少しも濡れていない。
これは世にもまれな不思議だなあと驚き、感嘆した。

道満は言う。
「このようなやり方は邪悪非道で人を誑かす術であり、正しい道ではない。
占いのみで勝敗を決し、勝った方が負けた方を弟子に取ることにしよう」

それならばと、奥から長櫃一つに大きな柑子十五個を入れ、おもりをかけて持ってこさせた。

道満は長櫃の中身を占い「この中には、大きな柑子が十五個あるだろう」と言う。

帝をはじめ公卿・臣下など、中身を前もって知っていた人々は道満の言う通りだと思った。

そこへ晴明が長櫃に近寄りながら、加持をして中身をすり替えて言う。
「この中には、鼠が十五匹いると占い申し上げます」

それを聞いた人々は、晴明が占いを仕損じたと思われ、青ざめた。

ところが、衛府の役人が長櫃に近寄って蓋を開けてみると、なんと晴明が占っていた通り、長櫃から鼠が十五匹飛び出して、四方八方に逃げ失せた。
大きな柑子は、一つも入っていなかった。

簾中も階下もざわめき渡り、晴明の智恵に感じ入った。

道満は大いに屈辱を味わったが、約束通り晴明の弟子となり、晴明の西の洞院の家に住んだ。

『安倍晴明物語』を読む

序
占兆根元のこと
伯道上人のこと
安倍仲麿入唐のこと
吉備大臣入唐付殿上にて碁を打つこと
吉備公文選を読むこと
長谷寺観音のこと付法道仙人のこと
吉備公野馬台の詩を読む并びに読む法のこと
吉備公仲麿が末を尋ぬること
晴明出生のこと
安倍童子竜宮に行きて秘符を得たること
安倍童子鳥語を聞き晴明という名を賜りしこと
道満のこと
道満と晴明智恵比べのこと
晴明入唐付伯道の弟子となること
晴明殺さるること
伯道上人来朝并びに道満法師ころさるること
人形を祈りて命を転じ替えたること
庚申の夜殿上の人々を笑わせしこと
花山院の御遁世を知ること
三井寺泣不動のこと
厭魅の法を以て蛙をころすこと

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