陰陽道

安倍晴明の両親について考える

『安倍氏系図』などの家系図によると、安倍晴明の父親は大膳大夫・安倍益材と記されている。
一方で、『簠簋抄』『泉州信田白狐伝』など多くの作品において、晴明の母親は人間ではなく、葛の葉という狐とされていることが多い。

父親

安倍益材

『安倍氏系図』では、晴明は安倍益材ますきの子と記されている。

安倍氏系図

益材は右大臣阿部御主人みうしの子孫で、大膳大夫を務めていた。

大膳大夫

大膳大夫は、大膳職の職名である。大膳職は臣下などへの饗膳を職務とし、大膳大夫は調味料や果物、雑餅などを扱い、食物を調理する役職である。正五位下(後に従四位下)に相当する。定員一名。

阿部御主人(635-703)は飛鳥時代の人物で、『竹取物語』に登場する右大臣阿部御主人のモデルとなった人物である。
御主人はかぐや姫に求婚する五人の男たちの一人で、かぐや姫から火鼠の皮衣を要求された。

安倍保名

古浄瑠璃などの説話で晴明の父とされる人物。

母親

さまざまな説話において、晴明の母は狐あるいは白狐と記されている。
『安倍氏系図』には記載されていない。

伝承では、晴明の父・安倍保名が狐を助けたことがきっかけで、狐が恩返しのために女に化けて保名の前に現れる。
二人は結婚して晴明が誕生したが、晴明が母親の正体を知ってしまったことで、母親は森に帰ってしまった……と伝えられている。

「両親はいない」説

室町時代に記された日記『臥雲がうん日件録』において、「晴明に親はなく、化生の者である」と記されている。

ある時、二羽のカラスの鳴き声が聞こえてきた。
一羽は都のカラスで、もう一羽は本栖のカラスである。
当時、天皇は病を患っていた。

都のカラスが「北西の地中に銅器が埋められている。帝の病はこれが原因だ」と言った。
晴明はこれを聞いて都に上り、天皇の病を治癒し天下無双の陰陽師となったそうだ。
晴明に父母はいない。化生の者である。奥州に家があるらしい。(『臥雲日件録』応仁元年〈1467〉10月27日条)

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