説話

安倍晴明と龍宮~浦島太郎の伝説~

『簠簋抄』『泉州信田白狐伝』『安倍晴明物語』には、幼い安倍晴明(安倍童子)が小蛇あるいは亀が子どもたちにいじめられていたところを助け、そのお礼として龍宮に導かれて褒美を渡されるという説話が収録されている。

安倍晴明と龍宮伝説

各説話の比較

 簠簋抄泉州信田白狐伝安倍晴明物語
助けた動物小蛇小蛇
助けた方法買い取る自分の衣と交換するを買い取る
龍宮の庭--金銀の砂が敷かれている
龍宮の宮殿--・四方に四季の景色
・七宝で飾られている
宮殿:春--霞の衣が立ち込め、鶯が梅の小枝にとまって鳴いている。青柳が咲き乱れ、藤の花が松に掛かっている
宮殿:夏--桜の花が散り残っており、立石や遣水がある。杜若や山吹、卯の花、薔薇が咲いている。ホトトギスが鳴き、五月雨の中あやめの花が咲いている。蝉が涼しげに鳴いている
宮殿:秋--女郎花、白菊、萩があり、浅茅原は下葉が色づいている。虫や鹿の声が聞こえる
宮殿:冬--雪の花が咲いていて、池の水際で鴛鴦が寄り添っている、山奥から煙が立ち込め、炭竈が上っていく。
龍宮の階段--・玉造りの階段
・中は錦の敷物が敷かれている
龍宮の褒美--縫雪(死者を蘇らせる仙薬)、玄霜(太清神丹の一種)が入った壺、瑶池の桃、閬風の棗、翠原の杏、玄圃の梨
龍宮のごちそう-数々の珍味北溟の人魚、南海の蛤、丹穴の卵、青山の芝、猿の木取り、熊の掌、羊の胎、豹の脳、青門の翠瓜、東陵の金瓜、葛洪仙の茘枝、揚遂郎の葡萄、酒
龍王の褒美四寸の石櫃、鳥薬四寸四方の金の箱、龍仙丸四寸四方の金の箱、七宝の箱
箱の中身-※開けてはならない・金の箱:龍王の秘符(あらゆることが分かる)
・七宝の箱:青丸(動物の言葉を理解できる)

浦島太郎の伝説

御伽草子

昔、丹後国に浦島という人が住んでいて、その子に浦島太郎という二十四、五歳の男がいました。
浦島太郎は明けても暮れても海のうろくずを取って両親を養っていました。

ある日、浦島太郎は徒然に釣りをしようと出かけました。浦々島々入江など、至るところで釣りをして貝を拾い、みるめを刈るなどしていたところ、江島磯で一匹の亀を釣り上げました。
浦島太郎は、この亀に語りかけました。
「お前は『鶴は千年、亀は万年』といわれるほど長生きな生き物だ。ここで命を終わらせてしまうのはかわいそうだから、逃してやろう。この恩を忘れるなよ」
浦島太郎は、この亀を元の海に還しました。
やがて日も暮れて、浦島太郎は家に帰りました。

次の日、浦島太郎が浦の方へ出かけて釣りをしようと思って行くと、遥か向こうの海の上に小船が一艘浮かんでいました。不思議に思った浦島太郎がその場に留まってよく見ると、美しい女房がただ一人で船に乗っていました。その船は、波に揺られながらこちらへ近づいてきて、浦島太郎のいる場所へたどり着きました。
「このような恐ろしい海の上にたった一人で船の乗っていたあなたは、いったい誰なのですか」
浦島太郎は女房に尋ねました。
「荒々しい波風のせいで数多の人が海へ落ちてしまったところ、心優しい方が私をこの小船に乗せてくれたのです。悲しく思い鬼の島に行こうとしたのですが、どうやって行けばよいかわからずにいたところ、前世のご縁によるものでしょうか、たった今人に会ったのです」
女房はさめざめと泣きました。
岩や木と違って、浦島太郎には心があります。哀れに思って、綱を取って小船を引き寄せました。

「どうか、私たちを祖国へ送り届けていただけないでしょうか。もし見捨てられてしまったならば、私は何処へ行ってどうなってしまうのでしょう。海の上で物思いにふけっていたのと変わりませぬ」
女房がさめざめと泣いていたので、浦島太郎もかわいそうに思い、共に船にのって沖の方へ漕ぎ出しました。
女房の指示に従って遥か十日余り船を漕いで、故郷へたどり着きました。
船を降りてここは何処なのだろうと思って見ると、そこには白銀の築地に黄金の甍が並んで門が立っており、天上の住まいにも勝るのではないかと思われました。
女房が細々と語りました。
「一つの樹の陰に宿り、一本の川の流れを汲むことも、みな前世からの縁だと思えば、遥か遠い波路を遙々と渡ることも苦しくはありませぬ。どうか私と夫婦の契りを交わして、ともに暮らしませぬか」
「兎にも角にも、仰せのとおりにいたしましょう」

偕老同穴の語らいも浅からず、天にあらば比翼の鳥、地にあらば連理の枝となろうと、互いに鴛鴦の契りを交わして暮らしました。
女房は「ここは龍宮城というところです。ここには、四方に四季の草木が植えられています。お入りください、見せて差し上げましょう」と言って、浦島太郎を連れて城の中に入りました。

まず東の戸を開けて見ると、春の景色が広がっていました。柳の糸が春風に吹かれて霞の中でなびいており、近くからは鶯の鳴き声が聞こえ、どの木々にも花が咲いていました。
南の方には夏の景色が見えて、春を隔てる垣穂には卯の花が咲いていました。池の蓮には露がかかっていて、水際には冷たいさざ波に、たくさんの水鳥が戯れておりました。
木々には梢が茂っており、空からは蝉の鳴き声が聞こえました。夕立の過ぎる雲間からホトトギスの声が夏を知らせています。
西の方は秋の景色が見えて、四方の梢には紅葉があり、低い垣の内側には白菊が、霧の立ち込める野辺のすえに、まさきが露を分けて、鹿の声が秋を知らせています。
そしてまた、北の方を眺めると、冬の景色が見えました。
四方の木々も冬めいており、枯葉に落ちる初霜や、山々や白妙の雪に埋もれる谷の戸に心細くも炭竈の煙が冬を知らせています。

こうして美しい景色を見ては心を慰め、贅沢な暮らしをしているうちに三年が過ぎました。
「私は三十日の暇を過ごして、故郷の両親を見捨てふらふらと出かけ、三年を過ごしてしまい、両親のことが気がかりになったので、帰らせてくれないでしょうか」
「この三年間、鴛鴦の衾の下に比翼の契りをなし、片時も離れず何かと心を尽くしましたのに、今あなたと離れてしまったら、次はいつの世で逢えるのでしょう。二世の縁と申せば、たとえこの世では夢幻のような契りだったとしても、必ず来世でまた逢えるよう生まれてくださいませ」
と言って、女房はさめざめと泣きました。
「今となっては、何を隠すことがありましょうか、実は、私はこの龍宮城に住まう亀なのです。絵島が磯であなたに助けられて、恩返しのためにこうして夫婦となりました。これを私の形見としてお持ちください」
女房は左脇から綺麗な箱を一つ取り出し「決してこの箱を開けてはなりませんよ」と言って浦島太郎に渡しました。
会者定離はこの世の定めで、出逢いがあれば必ず別れもあると知りながらも、女房は気持ちを抑えきれずこのような和歌を詠みました。

日数へて かさねし夜半の 旅衣 たち別れつつ いつかきてみむ
(長いこと、衣を重ねて共に寝る日々を過ごしてきたあなたは、私と別れていつ逢いに来てくださるのでしょう)

浦島太郎は、返歌をしました。

別れゆく うはの空なる から衣 ちぎり深くば またもきてみむ
(あなたと別れて故郷へ行く私の心は浮ついておりますが、もし深いご縁があるならば、またここに来て唐衣を着るあなたにお逢いすることになるでしょう)

そうして、浦島太郎と女房は互いに名残惜し見ながらも、いつまでもこうしているわけにはいかないので、女房の形見の箱を持って故郷に帰りました。
忘れもしない思い出、これからのことに思いを巡らせながら、遥かな波路を渡り、浦島太郎は和歌を詠みました。

かりそめに 契りし人の 面影を 忘れもやらぬ 身をいかがせむ
(ほんの少しの間契った人のことを忘れられない、どうしたものか)

浦島太郎が故郷に帰ると、人が住んでいた形跡はなくなっており、荒廃した土地となっていました。これを見て、浦島太郎は何があったのだろうと思い、傍らを見ると紫の庵があったので、そこに立ち寄って「どなたかいらっしゃいませんか」と言うと、中から八十歳ほどのおじいさんが出てきました。
「どちらさまですか」
「ここに住んでいた浦島の家が、どこへ移ったか知りませぬか」
「浦島の行方をお尋ねになるとは、あなたはどちらさまですか、不思議なこともあるものだなあ。その浦島という人がいたのは、もう七百年前のことだと聞いていますよ」
浦島太郎は大いに驚き、自分のいない間に一体何があったのだろうと思ってこれまでのいきさつを包み隠さず話しました。おじいさんも不思議に思って、涙を流しながら「あそこに見える古びた塚、古びた塔こそ、その浦島という人の住んでいたところだと伝えられています」と言って、指し示してくれました。
浦島太郎は泣く泣く草がぼうぼうと生えて露に濡れている野辺を分け入り、古びた塚に行って涙を流し、和歌を詠みました。

かりそめに 出てにし跡を 来てみれば 虎臥す野辺と なるぞかなしき
(ほんの少しの間出かけて行ったのが、戻って来ると荒れ地になっていて悲しい)

浦島太郎は一本の松の木陰に身を寄せながら、呆然としていました。
浦島太郎は亀の女房からもらった形見の箱を見て、決して開けてはならないと言われていたけれども、もはやどうなろうと構わない思い、箱を開けました。
すると、箱の中から紫色の雲が三筋ほど立ち上り、二十四、五歳だった浦島太郎の姿はたちまち変わり果ててしまいました。
なんと、浦島太郎は鶴となって空へ飛んでいったのです。

実は、浦島太郎が龍宮にいる間、地上では七百年が経過していたのですが、亀が浦島太郎の年齢を箱の中に閉じ込めていたので、浦島太郎は若い姿のままだったのです。

「開けて見るな」と言われていたのに開けてしまい、ついにはこのようなことになってしまいました。

君に逢ふ 夜は浦島が 玉手箱 あけて悔しき わが涙かな
(あなたに逢っていた夜は、玉手箱を開けたかのようにあっという間で、夜が明けるのが悔しくて涙を流してしまうのだ)

と歌にも詠まれています。

生あるものに、情けを知らないものはありません。人間の身であればなおさらで、恩を受けて返さないのは木や石と同じなのです。
深く愛し合っている夫婦は二世の契りといって、来世でも結ばれるといいますが、実に奇跡的なことです。

浦島太郎は鶴となって蓬莱の山に飛んでいき、亀は甲に祝いを備えて万年を生きました。
これによって、めでたいことの例えに鶴と亀を用いるようになったのです。

その後、浦島太郎は丹後国で浦島明神として顕れ、人々を救済しました。
亀も同じ場所に神として顕れ、二人は夫婦の明神となりました。めでたしめでたし。

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