『ノアの方舟』でノアが飛ばした鳥と日本の神の使いの動物たち

資料

創世記の『ノアの方舟』で、大洪水が終わった後ノアは最初にカラスを飛ばし、その次に鳩を飛ばしました。カラスと鳩は日本で「神の使い」とされていますが、どのような神々の使いなのか、二羽の鳥に隠された秘密とは…?『ノアの方舟』と日本の神々からビーストについて考察していきます。

ビーストには『出典』が存在する

未だ詳細不明のビーストⅦを除いて、ビーストⅠ〜Ⅵは皆『出典』を持っています。(ビースト候補含む)

ビースト
  • ビーストⅠ
  • ビーストⅡ
  • ビーストⅢ
  • ビーストⅣ
  • ビーストⅤ
  • ビーストⅥ
  • ビーストⅦ
出典
  • 旧約聖書
  • メソポタミア神話
  • インド神話(仏教)
  • アーサー王伝説
  • 日本神話
  • 新約聖書(キリスト教)
  • 不明

ビースト創世記対応説が正しければ『ノアの方舟』に対応するのはビーストⅤになります。

創世記のあらすじそのものがビーストに関わってくるのかは微妙ですが、
ビーストⅣ(カインとアベル)→人類最初の殺人が霊長の殺害権
ビーストⅥ(バベルの塔)→バベルとバビロン
ビーストⅦ(アブラハム関連?)→アブラハムはカルデアのウル出身

のように、まったくの無関係ではない可能性もあること、推定ビーストⅤのコヤンスカヤの大元・玉藻は天照の分け御霊ですが天照の御使いはカラスであることから、ノアの方舟に登場するカラスと鳩と日本神話におけるカラスと鳩の扱いについて考察していきます。

大洪水が終わった後の『ノアの方舟』のあらすじ

『ノアの方舟』は地上に満ちた人々の堕落を嘆いた神が人類を滅ぼすために大洪水を起こした話ですが、今回は大洪水後の話がメインになるので、大洪水が終わった後のあらすじを説明します。

  1. ノアは方舟の窓を開き、烏を放した
  2. 烏は地上の水が乾くのを待って出たり入ったりした
  3. ノアは地上から水が引いたか確かめるために鳩を放した
  4. 鳩は地上が水で覆われていて止まる所が見つからなかったので戻ってきた
  5. 七日後、ノアは再び鳩を放した
  6. 鳩はオリーブの葉をくわえて戻ってきたのを見て、ノアは地上から水が引いたことを知った

ノアは最初に『烏』を放し、その次に『鳩』を放しました。

神様の使い・神使

神様の使い(眷属)の動物のことを『神使』と言います。

例:狐(稲荷神)、蛇(弁財天)など

そして、日本においてカラスは天照大神の神使であり、鳩は八幡神の神使です。

天照大神の御使い・八咫烏

太陽信仰との結びつき

古代中国では、太陽はカラスの住処だと考えられていました。
太陽の黒点を見てカラスだと思ったのではないかという話もあります。

そして、カラスが夜明けになると群れて鳴く習性と合わさって太陽信仰と結び付けられました。

また、天照大神の”天照”とはり輝く太陽」を意味しています。
この太陽神である天照と太陽の象徴であるカラスが結び付けられたのです。

そして、古代の日本人は太陽を神として崇めるだけではなく、民族の祖神としても崇めていました。
この祖霊信仰が天照が皇祖神として位置づけられている所以でもあります。

太陽を撃ち落とした弓の名手・羿(げい)

中国の神話に、后羿(こうげい)という弓の名手が太陽を射落とした伝説があります。

  1. はるか昔、10の太陽が空に現れた
  2. 灼熱のあまり海は枯れ、人間が暮らせなくなった
  3. 后羿は崑崙山に登り、一度に9つの太陽を射落とした
  4. 地上に平穏が戻った

アトランティスでは太陽(アポロン)が月(アルテミス)を撃ち落としたので、オリュンポスでは逆に月が太陽(これが金色白面?)を撃ち落とすのかもしれません。

天照が八咫烏を神武天皇のもとに遣わす

『古事記』の神武紀に、神武東征の際に天照大神が神武天皇の夢に現れ「八咫烏を遣わす」とのお告げがあったという記述が残っています。

神武天皇とは、日本における初代天皇である。

  1. 神日本磐余彦尊(カムヤマトイワレビコノミコト・後の神武天皇)が熊野から大和に向かう時、夢の中に天照大神が現れて「天より八咫烏を遣わす」と言った
  2. 本当に八咫烏が現れて神日本磐余彦尊の道案内をした
  3. 神日本磐余彦尊は熊野を越えて次々と豪族を倒した
  4. 戦いに勝利し大和国を平定した神日本磐余彦尊は橿原(かしはら)で初代天皇・神武天皇として即位した

熊野…紀伊半島南部

ちなみに日本で2月11日は建国記念の日ですが、これは神武天皇が即位したとされる日(=旧暦の1月1日)を記念した日です。
『建国日』ではなく『建国記念の日』なのは、「建国した日を祝う」のではなく、「建国そのものを祝う」日だからです。

ちなみに八咫烏の「咫」とは長さを表す単位で、親指と中指とを広げた長さ(約18センチメートル)のことです。
ただ、正確な長さを求めるものではなくて単に「大きい」という意味で使われています。
八咫烏は「大きなカラス」だったというわけです。

八咫烏の足は三本足

中国唐代の古書『酉陽雑俎』では太陽の中に住む三本足のカラスが不死の草を食べる話がありますが、このことから八咫烏の足は三本足だとされました。

八幡神の御使い・鳩

日本では武士の神

西洋では平和の象徴として知られる鳩ですが、日本では武士の神様でした。

平安時代後期、武士の台頭とともに鳩が八幡神の神使であるとされるようになりました。
(玉藻の前の伝承も平安時代後期)

平安時代の軍記『陸奥話記』にも八幡神の使いが鳩であるという記述が残っています。

宇佐神宮の伝承では、欽明天皇の時代に鍛冶の翁が現れ金色の鳩に変身したという話や、京都の石清水八幡宮に分霊する際に船の帆柱の上に金色の鳩が現れたという伝承も残っています。

★☆★鍛冶の翁が金色の鳩に変身した話★☆★

  1. 豊前国(大分県)の菱形池のほとりに一人の鍛冶の翁が住んでいた
  2. 大神比義(おおがなみよし)という者が翁に仕えていて、翁が金色の鷹や鳩に姿を変えるのを見た
  3. 大神は「もし神ならば、私の前に姿を現してください」と祈った
  4. 翁は三歳の子供に姿を変えて現れ、「私は応神天皇であり、護国霊験威身神大自在菩薩である」と名乗った

応神天皇…八幡神のこと。
応神天皇は死後、八幡神・八幡大菩薩と呼ばれました。
この話は八幡顕現伝承とも呼ばれています。

八幡神は武士の中でも特に源氏の氏神であるといわれています。
これは源頼義が石清水八幡宮を信仰していたため八幡神を源氏の氏神としたことが始まりで、それ以来武士の信仰を広く受けるようになりました。
そして、頼義の息子である源義家も、元服して”八幡太郎義家”と名乗りました。

源義家(八幡太郎義家)は、源頼義から鬼切丸(髭切)・蜘蛛切(膝丸)を授かった人でもある(後に源為義に授けられる)

八幡神は天照大神に次ぐ(ここ重要)皇祖神でありながら、軍神としての側面も持っていたのです。

ノアは最初にカラスを放ち、その次に鳩を放った
皇祖神の最上位は天照大神で、その次が八幡神であると。

八幡神を祀る代表的な三社

八幡神を祀っている代表的な神社は、以下の三社です。

①宇佐八幡宮(京都府)…八幡神信仰の発祥地
②石清水八幡宮(京都府)…中継拠点
③鶴岡八幡宮(神奈川県)…源頼朝が創祀

鶴岡八幡宮と鳩サブレー

今では鎌倉名物となっている鳩サブレーですが、この鳩も八幡神をイメージして作られたものです。

鳩サブレーを生み出した豊島屋の初代は欧州航路から帰ってきた友人から『サブレー』という菓子の存在を知り、語感が「三郎」に似ていることに親近感を覚えました。

元々、鶴岡八幡宮を崇敬していた初代は八幡神をモチーフにしたお菓子を作ろうと考えていました。
鎌倉幕府を築いた源頼朝が源義朝の三男だったことから、三郎であってもおかしくないとして『鳩三郎(鳩サブレー)』という名前になりました。

軍神から平和の象徴へ

ノアの方舟の影響で「鳩=平和の象徴」というイメージが根付いていた西洋とは対照的に、日本での鳩は軍神(戦いの神)として信仰されていました。

しかし1949年、パリで開かれた平和擁護大会でピカソがポスターに描いた鳩のイメージが日本にも流入し、日本でも鳩が平和のシンボルになりました。

そして鳩が平和の象徴になるとともに、八幡神も日常生活に根ざした諸願成就の神として信仰されるようになっていきました。

天照大神と八幡神の関係

天照大神は皇祖神の中でも最高位の神であり、八幡神は天照に次ぐ皇祖神です。

八幡神は皇祖神でありながら武士の神としての側面もあったことから、武家を王朝の秩序から解放して天照とは異なる世界を創る役割があったとも考えられています。

天照大御神と八幡神で対の概念を持つことはできるのか?

今までのビースト考察でビーストⅢが元はマーラ、ビーストⅥが元はマザーハーロットという一体の獣だと散々言ってきたのに天照大神と八幡神という別個の神々をどう結びつけるんだということなんですが、考え方によっては稲荷神で天照と八幡神を結びつけることができるという話をします。

まず、「ダキニ天=大日如来=天照」として考えていた真言立川流の概要ですが、

ふたつめは、二者の合一による一者への昇華、または帰還という概念。
これは陰陽道の『陰陽結びついて太極となる』という概念から来たもので(以下略)

Fate/EXTRA material 『真言立川流の概要』より

CCCコラボでBBが「ビーストの中には左右、陰陽の対の概念を持つものがいる」と言っていましたが、上でいったとおり

ビーストⅢ/R(摩羅の角を持つキアラ)+ビーストⅢ/L(マーラに比率が大きく傾いた時人類悪として覚醒するカーマ)→マーラ

ビーストⅥ/R(大淫婦バビロン)+ビーストⅥ/L(黙示録の獣)→マザーハーロット

つまり、陰陽(左右の二者)が結びついて太極(一体の獣)になっているわけです。
(陰+陽→太極)

クリフォト対応説が正しければ対の概念を持つビーストはⅢ、Ⅴ、Ⅵで、ⅢとⅥが二者合一となっていることから考えると、残るⅤも二者合一の関係になる可能性が高いです。

型月設定において玉藻は天照として同一視され信仰された稲荷明神、という設定なので、
左右の二者が合わさると『天照大神』もしくは『稲荷明神(=宇迦之御魂)』にならなければいけません。

で、左右が両方天照だと上で紹介していた八幡神がスルーされてしまうので、「左右の二者が合わさると稲荷明神になる」考え方で行けないか考察していきます。

まず、天照大神というのは女神で、八幡神は元が応神天皇だから男神なので、これで男女の陰陽になります。

そして天照は皇祖神(=皇室の神)で八幡神は武士の神なので、ある意味では『神代』の神と『人代』の神で対になります。

さらに、型月設定において天照大神の分け御霊が玉藻の前であり、玉藻は稲荷明神である宇迦之御魂とも同一視される。
ならば八幡神とも稲荷明神とも関係のある”””誰か”””が対であれば、

天照大神(の分け御霊である稲荷明神)+八幡神(と関係があり、稲荷明神とも関係がある)→稲荷明神

となり、左右・陰陽の関係で二者合一となるわけです。

また、そもそも「ダキニ天=大日如来=天照」を掲げたのは真言立川流ですが、真言立川流が栄えたのが平安後期〜鎌倉時代だったという事も一つのカギになってくると考えています。

ダキニ天信仰と稲荷信仰の習合

  • 平安時代後期、真言密教がダキニ天の神体を狐とみなした
  • 鎌倉時代、妙厳寺の法祖が祀ったダキニ天の神像が稲束と宝珠を持ち、白狐に乗っていた
  • この印象的な姿から、人々はダキニ天と稲荷神を同一視するようになった

中世における狐の信仰は、このダキニ天信仰と稲荷信仰が合わさることによって、狐の霊力がパワーアップしたということです。

特に、鎌倉時代から稲荷神と狐を同一視する錯覚が広まったそうです。

また、真言立川流というのは

真言宗の阿闍梨である仁寛が、鳥羽天皇暗殺未遂事件(永久の変)の罪で伊豆に配流された折、そこで武蔵国立川の陰陽師である見蓮らと協同で生み出した術式がその基礎とされる。

Fate/EXTRA material 『真言立川流』より

永久の変…永久元年(1113年)に発生したとされる鳥羽天皇暗殺未遂事件。

「ダキニ天=大日如来=天照」の思想を掲げた真言立川流が平安時代後期〜鎌倉時代に栄えたこと、八幡神を氏神とする源氏もまた平安時代後期〜鎌倉時代に栄えていたことから、この時代がビーストⅤを考察する上でカギとなってくるのではないか…と考えています。