基本情報
私聚百因縁集とは
『私聚百因縁集』は鎌倉時代中期の仏教説話集である。全九巻、147編収録。
天竺(インド)・唐土(中国)・和朝(日本)の三国構成で、巻一~四が天竺編、巻五~六が唐土編、巻七~九が和朝編である。
内容
一条院の御代、大和国葛城上郡に貧家翁という者が住んでいた。
訳あって耳に障りがあったが、翁には息子が一人いた。
その息子が若くして病に倒れ、翁は深く悲しんだ。
翁は息子の病を治す方法を探し求めたが、良薬を得ることはできなかった。
そうしているうちに息子の病は重くなっていき、日ごとに衰弱していった。
晴明が翁の家を訪れると、翁は晴明に泣きついた。
晴明は言った。
「そなたの子の病は、前世の報いによるものだ。
あと七日も持たないだろう。来世での幸せを願って念仏を唱えよ」
翁は泣き崩れ、悲しんだ。
「私はもう八十年以上生きて、家は貧しく少しの財産もありません。
思い残すことがあるとすれば、この息子のことです。
山海日月の如く頼りにしておりました。
来世で三悪四趣となってでも命を救いたいのです、私の命を差し出しても構いません」
「そなたが悲しむのももっともだ。ならば、そなたを身代わりとして奉ろう」
「この家には私と息子のほかには誰もおりません。独り残されて悲しむぐらいなら、我が身を替わりに差し出しましょう。ただ、息子と離れ離れになるのが悲しゅうございます。最後に今一度我が子の顔を見させてくれませぬか」
「今、七日間の寿命を取り替えればそなたの寿命もまた七日となる。
明日より息子と四日間過ごすがよい」
翁は喜んだ。
「息子の病が治るのならば、どんな苦痛も受けましょう」
親子ともに枕を並べて悲しみ臥せり、息子は自分も父とともに逝きたいと泣いて、来世を嘆き昼夜念仏を唱えていた。
三日目の夜、別れが名残惜しくて眠れず、翁は極楽浄土に行けるよう一晩中念仏を唱えた。
夜明けになって、翁は夢で聖のお告げを得た。
紫色の雲が空にたなびき、金色の光が庵を囲んで、阿弥陀如来と勢至菩薩が大勢の化仏菩薩を引き連れて来た。
雲の中から、声が聞こえてきた。
「子を想う親の慈悲深さは、憐れなものだ。
親子が同心同音に念仏を唱えることの勇猛さよ。
よって、そなたたちを救おう。
帝釋炎魔王に頼んで寿命を延ばしてもらうゆえ、念仏に励むのだ」
息子の病はたちまち快復し、翁も生きながらえた。
親子は出家して念仏と勤行に励み、山奥の洞窟で心を研ぎ澄ました後、比叡山に登り極楽浄土への道を探し求めた。
そうして、親子ともにめでたく極楽往生を遂げたという。