物忌―凶兆や魔性を退ける

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陰陽道

神事にあたって穢れを嫌い、神のために斎戒すること。
元々、陰陽道とは無関係の慣習であったが、平安中期には意味が変わって「縁起の悪いことが起こった時に陰陽師に占わせ、陰陽師の指示に従って一定期間家に籠もる」ことを物忌と言うようになった。

悪い夢を見たり、身の回りで不可解な出来事があった依頼主が陰陽師に占ってもらう。

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目的

貴族の主な関心事である「失せ物・火事・口舌(争論)・病事」を占うために行われた。

物忌の順序

物忌
  1. 依頼主が陰陽師に相談する
  2. 陰陽師が依頼主を占う
  3. 占いの結果を見て陰陽師が物忌の要否を判断する
  4. 物忌が必要と判断された場合は、依頼主が物忌を行う

陰陽師が依頼主を占う

まず、陰陽師が六壬によって依頼主を占う。

陰陽師が物忌か必要か判断する

平安中期以降、物忌の原因となった怪異はどのような意味を持っているのか、物忌は必要か否か、物忌の期間の判断はすべて陰陽師の手に委ねられていた。
また、怪異・凶夢への不安や恐れを和らげるために大きな役割を果たしたのも陰陽道であった。

依頼主が物忌を行う

外界との接触は禁止

物忌を行う者の家では門戸を固く閉ざし、門前に『物忌の札(その家に物忌中の者が居ることを外から来た人に示すための札)』を立てた。
人の出入りは禁じられ、物品や手紙のやり取りもすることができなかった。

家の中でも行動を慎む

物忌を行う者は家の中で簾の内側に籠もって行動を慎むことになっていた。
簾には「物忌」と書かれた柳の木の小片または小さな紙片が取り付けられた。これらの小札は、物忌中の者の冠や烏帽子にも取り付けられたという。

小札は『しのぶ草(別名:ことなし草)』の茎に縫い付けられたといわれ、これは物忌の目的である「凶事を避けること」に対して無事を意味する「ことなし」に期待を寄せていたと考えられている。

貴族社会における物忌

平安貴族がすべての物忌を原則どおりに行うと正常な社会生活を送ることができなくなってしまうため、彼らは重要な物忌とそうでないものを区別して前者だけを行っていた。
その物忌の重要性を判断していたのが、陰陽師である。
陰陽師は物忌の要否を卜占によって判断していた。

陰陽師が物忌の重要性を「低い」と判断した場合

物忌と門

通常、物忌を行う際は家の門を閉ざすが、陰陽師が物忌の重要性を低いと判断した場合において平安貴族は閉門の原則を遵守しなかった。

また、このような「軽い物忌」の時は訪問者や手紙が受け入れられていた。

一条天皇の場合

永延元年(987)1月7日、一条天皇は物忌を行うことになっていたが、重要性の低い物忌であったため行わず、白馬節会という年中行事で臣下の前に姿を現した。

この事は『小右記』において「今日は御物忌なり。しかるに陰陽家の覆推して云ふやう、『軽し』てへり」とあり、陰陽師が物忌の重要性を低いと判断したことがわかる。

『覆推』…陰陽師が卜占によって物忌の重要性を判断すること。

藤原実資の場合

長和二年(1023)9月1日から翌日にかけて物忌を行うことになっていた藤原実資は、賀茂光栄が物忌の重要性を低いと判断したため、禊祓を行うために賀茂川の河原に出かけた。

この事もまた『小右記』において「軽重を覆推せしむるに、光栄朝臣の占ひて云ふやう、『軽し』てへり」とあり、賀茂光栄が物忌の重要性を低いと判断したことがわかる。

このように、陰陽師が卜占の結果「軽し(重要性が低い)」と判断された物忌は行われなかった。

陰陽師が物忌の重要性を「高い」と判断した場合

陰陽師が物忌の重要性を「重い(重要性が高い)」と判断した場合、平安貴族は物忌の原則を忠実に遵守した。

藤原実資の場合

治安三年(1023)閏9月17日、実資は自宅の門戸をすべて閉ざして訪問者を受け入れず、手紙も受け取らなかった。

『小右記』には「今明は物忌なり。覆推の云ふやう、『重し』てへり。全て門を閉ず」とあることから、陰陽師が物忌の重要性を高いと判断したことがわかる。

しかし全ての物忌が厳格に行われていたわけではなく、例えば万寿元年(1024)10月24日の物忌で実資は物忌が「重し」と判断されていたにも関わらず、閉門を行っていない。
これは、当時の実資が朝廷の仏事の責任者を務めていて自宅に仏事の準備に関わる人や手紙の出入りが頻繁に行われていたため、門を閉ざすことができなかったからだといわれている。

参考資料

  • 「陰陽道の本―日本史の闇を貫く秘儀・占術の系譜」 (NEW SIGHT MOOK Books Esoterica 6) 学研プラス、1993年
  • 繁田信一「陰陽師 安倍晴明と蘆屋道満 」中公新書、2006年
  • 藤巻一保 「安倍晴明『簠簋内伝』現代語訳総解説」戎光祥出版、2017年