陰陽道

庚申信仰

庚申信仰は中国の道教における習俗が平安時代に陰陽道の一種として伝わったもので、干支の一つである庚申の日の夜に社寺の庚申社や庚申堂に集まり、お神酒や精進料理を供えて祭事を行い、一晩を過ごした習俗です。

概要

庚申信仰の歴史

庚申信仰で祈ることになっている青面金剛と三尸の虫が結びついたのが唐代の密教経典『青色大金剛薬叉辟鬼魔法』であることから、唐代に習合した庚申信仰が奈良時代末から平安時代に天台系の密教によって持ち込まれたと考えられています。
庚申信仰は江戸時代に全盛を極めましたが、明治位時代以降は根拠のない迷信として排撃され、闇の彼方に埋没してしまいました。

しかし、現在でも一部の地方では庚申の日に集まるところもあるそうです。

庚申待

あらゆる人間の体内には三尸の虫がいて、庚申の日になると人間が寝ている間に天上界の司命神にその人間の行状を報告すると信じられていたからです。
寿命を司る神である司命神は、三尸の虫から受けた報告をもとにその人間を総合的に判断し、悪行が多かった場合は寿命を縮めます。
そのため、三尸の虫は司命神から遣わされたスパイ的存在ともいわれています。

こうして寿命が縮むのを防ぐために庚申の日は徹夜をすることになり、これを庚申待と呼ぶようになりました。

三尸の虫

4世紀の道教学者である葛洪の『抱朴子』にはこう記されています。

ある人が「長生きしたいのですが、そのためにしていけないことはありますか」と尋ねました。
抱朴子は「人の体には三尸の虫がいる。三尸とはかたちのない霊魂や鬼神の類である。この虫は人を早く死なせたいと思っている。人が死ぬとこの虫は鬼となって思いのままに遊び歩き、死者を祀る供え物を食べることができる。そこで、庚申の日になると天に昇って司命神にその人が犯した過ちを報告する」と答えました。

また、唐代に成立した道教経典『太上三尸中経』にはこう記されています。

人の体内にいる三尸の虫は、人が死ぬと祭祀を受けられる。
そのため、人の早死を望んで庚申の日の夜に体内から抜け出して上天し、天帝にその人の罪過を報告する。天帝は大きな悪事を犯した人に対しては紀(300日)、小さな悪事を犯した人に対しては算(3日)寿命を縮める。したがって長生を望むのであれば、庚申の日に徹夜する必要がある。これが守庚申である。守庚申を三度行えば三尸は震え、七度で絶える。三尸が滅すれば、精神は安定し長生する。

菅原道真の詩『庚申夜、述所懐』

故人詩友苦相思(故人なる詩友 苦相思ふ)
霜月臨窓独詠時(霜月 窓に臨みて 独り詠ずる時)
己酉年終冬日少(己酉の年終はりて 冬の日少なし)
庚申夜半暁光遅(庚申の夜半ばにして 暁の光遅し)
燈前反覆家消息(燈前に反覆す 家の消息)
酒後平高世嶮夷(酒後に平高す 世の嶮夷)
為客以来不安寝(客と為りて以来 安寝せず)
眼開豈只守三尸 (眼を開く 豈 只 三尸を守るのみならんや)

『庚申夜、述所懐』より

故人詩友苦相思(親しい詩の友に ひたすら思いを寄せる)
霜月臨窓独詠時(霜降る寒々とした月の下 窓辺に行き 独り詩を読む時)
己酉年終冬日少(己酉の年が暮れ 冬の日もわずか)
庚申夜半暁光遅(庚申の夜は半ばを過ぎ 夜明けの光は遅い)
燈前反覆家消息(灯火を前に読み返すのは 家からの手紙)
酒後平高世嶮夷(酒を飲んだ後に平らかになり高くなるのは 世間の険しさと安らかさ)
為客以来不安寝(旅人となってから 安眠したことはない)
眼開豈只守三尸(目を開いているのは なぜただ三尸の虫を防ぐためだけなのだろうか)

宴会を開く理由

上記の理由から庚申の日は寝ずに過ごそうということになりましたが、何もせずにじっとしていては眠くなってしまうため、庚申講という宴会が開かれるようになりました。

男女の交わりは厳禁

庚申の日の夜に男女が交わって子供ができると、その子は盗人になるという俗信があったので、庚申の日の男女の交わりは禁止されました。

「見ざる・言わざる・聞かざる」の三猿

寺社などの古くから人が集まる場所には庚申堂と呼ばれる集会所が建てられました。
中でも、大坂の四天王寺は日本最古の庚申尊出現の地といわれています。
全国各地に残されている庚申堂や庚申塚には見ざる・言わざる・聞かざるの三猿の彫像が置かれていたり、刻まれています。

庚申の申は「さる」と読めることから神道の猿田彦大神と習合し、神社における庚申信仰の対象となりました。

仏教では青面金剛が信仰対象

明治維新までは猿田彦と青面金剛が共存していましたが、廃仏毀釈の考えによって両者は分離されました。
青面金剛は密教経典『陀羅尼集経』に登場する仏教の尊格で一切の猛獣、鬼、難病を退散・治癒する能力を持ち、特に伝尸病を治癒する霊力があります。
人を喰らう夜叉の姿で悪人を食べるといわれています。
修行者は西南(庚申の方角)に座って東北を向き、青面金剛壇法という修法を行います。
現在では神社の場合は猿田彦大神、寺院の場合は青面金剛が庚申信仰の対象となっています。

八坂庚申堂

八坂庚申堂の本尊は末法の世を救おうと阿弥陀如来と薬師如来が相談した結果、青面金剛となって現れました。

こんにゃく炊き

八坂庚申堂では庚申の日にこんにゃく炊きが行われ、参詣者に振る舞われます。
これには、こんにゃくによって腹の中にある三尸の虫を追い出す意図があります。
庚申の日に願い事を思い浮かべながら無言で北を向いてこんにゃくを食べれば、願い事が叶うといわれています。

陰陽五行における庚申

陰陽五行において、庚申は金性に該当します。
そのため、庚申の日は金気を避ける習慣がありました。

参考資料

  • 「陰陽道の本―日本史の闇を貫く秘儀・占術の系譜」 (NEW SIGHT MOOK Books Esoterica 6) 学研プラス、1993

  • 高平 鳴海「図解 陰陽師」新紀元社、2007

  • 坂出 祥伸「道教とはなにか」筑摩書房、2017年
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やみみん

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