『今昔物語集』27巻39話「狐変人妻形来家語」の現代語訳
あらすじ
今は昔、京に住んでいた雑色の妻が、夕方暗くなる頃に用事があって大路に出かけていった。
しばらくしても帰ってこないので、夫は「どうしてこんなに帰りが遅いのだろう」と怪しく思っていると、妻が帰ってきた。
ところが、しばらくして、妻とまったく同じ顔で、姿かたちも少しも違わない人が入ってきた。
夫は二人を見て、とても驚いた。
「なんということだ。だが、どちらか一人は狐が化けているにちがいない」と思ったが、どちらが本当の妻か見分けがつかないので、深く考えて「後に入ってきた方の妻が、きっと狐にちがいない」と思って、男は太刀を抜いて、後に入ってきた妻に走りかかって切ろうとした。
すると、その妻は「どうしたの。どうして私にそんなことをするのですか」と行って泣いたので、夫はまた、先に入ってきた方の妻を切ろうとして走りかかると、その妻もまた手をすり合わせて泣いて戸惑う。
男はどうしたらいいかわからなくなって、あれこれと騒いでいるうちに、再び先に入ってきた妻を怪しく思って、彼女を捕まえて取り押さえていると、その妻がとても臭い尿を撒き散らした。
夫が臭いに耐えられず手を緩めた隙に、妻は狐の姿になって、戸が開いているところから大路に走り出てコンコンと鳴きながら逃げていった。
その時、男は悔しくてたまらなかったが、今更どうしようもなかった。
このことを考えると、ばかな男だ。
熟考して二人の妻を捕まえて縛り付けておけば、やがて正体を現しただろうに。
逃してしまったとは、残念なことだ。
近所の人々も集まって来て、大騒ぎになった。
狐もまた、利益にもならないことをしたものだ。
よく助かって逃げられたものだ。
大路にいた妻を見た狐が、その妻の姿に化けて悪巧みをしたのだろう。
だから、こういうことが起こったときは、落ち着いてよく考えなければならないのだ。
「本当の妻を殺めずに済んだのは不幸中の幸いであった」と人々は言い合ったと語り伝えている。