あらすじ
今は昔、賀茂忠行という陰陽師がいた。
その道に関してはいにしえの陰陽師にも劣らず、当時においても肩を並べる者がいない程だった。
そういうわけで、公私ともに重用されていた。
さて、ある人がこの忠行にお祓いを依頼したので、忠行はお祓いをする場所へ行こうと出発しようとした。
すると、当時十歳になる忠行の子保憲が、父と一緒に行きたいと強くせがんだので、車に乗せて連れて行った。
忠行がお祓いをしている間、保憲は傍に座っていた。
お祓いが終わると、お祓いを頼んだ者も帰った。
忠行が子を連れて帰る途中、車の中で子が父親に「父上」と呼びかけた。
忠行が「どうした」と聞くと、子は「お祓いをした場所で、人ではありませんが、人のような姿をした恐ろしい気配のものたちが二、三十人ほど出てきて、ずらりと並んで座っておりました。
お供物を取って食べて、造りものの船や車、馬などに乗って散り散りに帰っていきました。
あれは何だったのでしょうか、父上」と尋ねた。
忠行はこれを聞いて、「自分はこの道において最も優れた者だが、幼少の頃に鬼神を見たことはなかった。
陰陽道を習得してから、ようやく見ることができたのだ。
それなのに、こうして幼いうちから鬼神を見るとは、きっとすばらしい陰陽師になるはずだ。
神代の者にも劣らないだろう」と思って家に帰ると、陰陽道について知っている限りのことを余すところなく心を尽くして教え込んだ。
そうして、父の期待に背くことなく保憲はすばらしい陰陽師となり、公私に仕えて過ちを犯すことはなかった。
それゆえに、その子孫は今でも栄えており、陰陽の道において並ぶものはいない。
また、暦の作成においても、この一族のほかに知るものはいない。
そういうわけで、今でもすばらしいと語り伝えている。