あらすじ
今は昔、伴世継という人がいた。
穀蔵院の使者として、その封戸を徴収するために東国へ赴き、数日後に帰京する途中で近江国の勢多の駅に宿をとった。
その頃、近江国の国司藤原有陰が館にいて、陰陽師で天文博士の弓削是雄を呼び寄せて大属星を祀らせようとしていたところ、その是雄が世継と同じ宿に泊まることになった。
是雄は世継に「どちらからお出でなさったのですか」と尋ねた。
世継は「私は穀蔵院の封戸を徴収するために東国へ下ってきて、これから京に戻るところです」と答えた。
このようにして互いに雑談している間に夜も更けたので、みな床に就いた。
ところが、世継は眠りについてまもなく悪い夢を見て目が覚めた。
世継は是雄に「今晩、私は嫌な夢を見てしまいました。ですが、幸いにもあなたと同じ宿に泊まっています。この夢の吉凶を占っていただけないでしょうか」と頼んだ。
是雄は占って「あなたは、明日家に帰ってはいけません。あなたを害そうとする者が家の中におります」言った。
世継は、「私は長いこと東国にいたので、早く家に帰りたいと思っていたというのに、今ここまで帰ってきて、いたずらに何日も過ごしたくはないのです。
公物や私物をたくさん持っているのに、ここに留まっているわけにはいきません。
どうしたらその難を逃れられるでしょうか」と尋ねた。
是雄は「あなたがどうしても明日家に帰りたいと願うならば、あなたを殺めようとする者は家の丑寅(東北)の角に潜んでおります。
ですので、あなたはまず家に着いたら、荷物を全部片付けさせた後、ひとりで矢をつがえて丑寅の角に怪しい者が隠れていそうなところへ弓を引き、真正面を狙ってこう言ってください。
『おまえが私の帰りを待っていて、今日私を殺めようとしているのはわかっている。早く出てこい。出てこないとすぐに射殺してしまうぞ』と。
そうすれば、私の法術によって、姿を隠していても自ずと姿を現すでしょう」と言った。
世継はこの教えを得て、翌日急いで帰京した。
家に着くと、家の者が「ご主人さまが帰ってきたぞ」と言って大騒ぎした。
世継は家の中へは入らず、荷物をみな片付けさせた。
それから弓に矢をつがえて、丑寅の角の方向を見て回っていると、薦がかかっているところがあった。
「ここにちがいない」と思って、弓を引き絞って矢を差し宛てながら、
「『おまえが私の帰りを待っていて、今日私を殺めようとしているのはわかっている。早く出てこい。出てこないとすぐに射殺してしまうぞ』」と言った。
すると、薦の中から一人の法師が現れた。
世継はすぐに従者を呼び、法師を捕えて問い詰めた。
法師はしばらく白状しなかったが、強い態度で詰問すると、とうとう観念して「隠しても仕方ありませんね。私の主人にあたる方が長きに渡ってここの奥方と仲良くしていたところ、今日あなたが帰ってくると聞いて、『帰りを待って必ず殺めよ』と奥方さまに命じられましたので、こうして隠れていたのですが、すでにご存じだったとは」と言った。
世継はこれを聞いて、前世で善行を積んだからあの是雄と同じ宿に泊まり、生きながらえることだできたのだと喜んだ。
また、是雄の占いが当たったことに感動して、まず是雄のいた方向に向かって拝んだ。
それから、法師の身柄を検非違使のもとに渡した。
妻とは別れて一緒に暮らさなくなった。
このことから考えるに、長年連れ添った妻であっても心を許してはならない。
このように不貞をはたらく女もいるからだ。
それから、是雄の占いは本当にふしぎなものだ。
昔はこのように霊験あらたかな陰陽師がいたのだと語り伝えられている。