平安時代

今昔物語集 現代語訳 観音に仕りし人、竜宮に行きて富を得たる語

「観音に仕りし人、竜宮に行きて富を得たる語(仕観音人行龍宮得富語)」は、『今昔物語集』巻十六第十五話に収録されている。

基本情報

内容

今は昔、京に年若い男がいた。名前は語り伝えられていない。侍である。
身分は貧しく、生活する手段もなかった。けれども、この男は毎月十八日に持斎して真摯に観音に仕えていた。
また、その日、百の寺に参詣して、仏に礼拝した。

そうして、ある年の九月十八日、いつものように侍が寺々に参詣するために、南山階の辺りへ行ったとき、山奥の人里離れた場所に五十歳程の男がいた。その男は、杖の崎に物を懸けていた。

「何を持っているのだろう」
侍が見ると、一尺程の斑模様の小蛇だった。
行き交うときに見ると、その小蛇が動いた。
侍は、蛇を持っている男に尋ねた。
「何処へ行かれる人ですか」
「京へ上るつもりだ。お主こそ、何処へ行くのだ」
「私は仏を拝むために、寺へ詣でます。ところで、あなた様の持っている蛇は何に使うのですか」
「これは、あることに使うため、ここまで来て取ったのだ」
「私に免じて、その蛇を放していただけないでしょうか。生き物の命を断つのは、罪作りとなります。今日の観音さまの縁日ですから、おやめください」
「観音さまといっても、人に利益を施すために必要なものならば、取って行ってもいいだろう。必ず命を奪おうとは思っておらずとも、世の中の人はいろいろな手段で世を渡っているものなのだよ」
「では、何のために必要なのですか」
「わしは、兼ねてより、如意というものを造っている。如意には牛の角を用いるのだが、それには小蛇の油を取って、それを以て作るのだ。だから、そのために取ってきたのだよ」
「では、その如意は何に使われるのですか」
「そこまでは知らん。わしは、如意を欲しがる人に渡して、その報酬で衣食を成しているのだ」
「生活のためだということはわかりました。ですが、ただで小蛇を乞うているのではありません。私の着ている衣と交換してください」
「何と替えようというのだ」
「私の狩衣と袴をあなたに差し上げます」
「そんなものでは替えられぬ」
「では、この綿衣と替えてください」
「それをもらおう」
侍が衣を脱いで蛇を持っていた男に差し出すと、男は衣を取って侍に小蛇を渡して去った。
侍が蛇を持っていた男に小蛇をどこで取ったのか尋ねると、男は「あそこの小池にいた」と言って遥か向こうへ去っていった。

その後、侍はその池に小蛇を持っていき、適当な場所を見つけて、砂を掘りやって、涼しくして小蛇を放つと、水の中に入っていった。
それを見届けた後、侍は寺男のいる場所へ行くと、二町ほど通り過ぎたところで、十二、三歳程の美しい少女が現れた。
侍は少女を見て、こんな山奥に不思議なこともあるものだと思った。
「私は、あなた様の心の優しさに感動して、お礼を申し上げるために来ました」
「私が、何かそなたを喜ばせるようなことをしたのか」
「あなた様が私を助けてくれたことを父と母に話しましたところ、早くあなたを迎えてお礼を言いたいというので、こうして迎えに来たのです」
侍は「もしや、あの時の蛇か」と思いつつ、少女の正体が蛇かもしれないことが恐ろしくて「そなたの父母は何処にいるのだ。連れて行ってくれないか」と尋ねた。
少女は「かしこまりました。私が案内いたします」と言って、池の方へ侍を連れて行った。
侍は恐ろしくなりその場から逃げ出そうとしたが、少女が「あなた様を悪いようにはいたしませぬ」と強く言うので、池のほとりまで付いていった。
少女は「しばらくの間、ここにいてください。私は先に行って、あなた様がお出でになることを伝えてから戻ってまいります」といって、たちまち姿を消してしまった。

侍は池の畔に佇み、面倒なことになってしまったと思っていると、少女が来て「ただ今戻ってまいりました。しばらく目を閉じてお眠りください」と言うので、侍は少女に従って眠りに入った。
少女に「目をお開けください」と言われ、侍が目を見開くと、荘厳に造られた門の前にいた。
都の城でさえも、ここには及ばぬ程だった。
少女に「ここでしばらくお待ち下さい。父と母にこの由を申し上げます」と言われ、侍は門をくぐった。

しばらくして、少女が戻ってきた。
「私の後に付いてきてください」と言うので、侍は恐る恐る少女の後ろを歩いていった。
荘厳に飾り付けられた宮殿が立ち並び、みな七宝で造られており、この上なく光り輝いていた。
宮殿を通り過ぎて、中殿と思しき所を見ると、いろいろな珠が飾られており、立派な帳床を立てて、輝き合っていた。
侍が「ここは極楽だろうか」と思うほどだった。

しばらくして、気高く威厳に満ちた雰囲気で、長い鬢を垂らした六十歳程の老人が、壮麗な衣装を身に纏って現れた。
「さあさあ、こっちへ来てくれ」
侍は、誰のことかと思っていたが、自分のことだと気づいて「そちらへ参らずとも、ここで仰せを承ります」と畏まった。
「どうしてそんなことを言うのだ。そなたに会いたくて、こうして迎えたのだ。早く上がってくれ」
侍が恐る恐る本殿に上がった。
「そなたの優しい心をまことに嬉しく思い、その喜びを伝えるためにこうして迎えたのだ」
「それは……どういうことでしょうか」
「この世のもので、子を想う気持ちに変わりはない。わしには、数多の子供がいる中で、弟子である娘が昼頃まで近くの池で遊んでいたのを、厳しく叱りつけたのだが言うことを聞かず、自由気ままに遊んでいたのだ。そして今日、人間に捕らえられて死にそうになっていたところにそなたが来て、命を助けてくれたのだと、娘が話すのを聞いて、この上もなく喜び、その喜びを伝えるために迎えたのだ」
男は、老人が蛇の祖だと分かった。

老人が誰かを呼ぶと、気高く威厳のある者たちが来た。
老人が「この客人に仕えよ」と命じると、彼らは立派なごちそうを持ってきた。
自分たちも口にして、侍にも「食え」と勧めたので、侍はまだ気を許してはいなかったが、食べてみた。
この上なく甘い味がした。
食事を終えて食器が下げられると、老人が出てきた。
「わしは竜王である。ここに住んで久しくなる。此度の喜びに、そなたへ如意宝珠を授けたいところだが、日本の者は悪しき心を持っているゆえに、これを持たせ難い。それゆえ……おい、そこの箱を取って参れ」
綺麗に塗られた箱が持ってこられた。その箱には、厚さ三寸程の金の餅が入っていた。
竜王は餅を取り出して、内側から破り、片方を箱に入れ、もう片方を侍に与えた。
「この餅は一度で使い切らず、必要なときに端の方から少しずつ使っていけ。そうすれば、命ある限りなくなることはないだろう」

そうして、侍は餅を受け取り、懐に差し入れて「もう帰ります」と言うと、少女がやってきて、門の前に出た。
「来た時と同じようにお眠りください」
侍が眠りにつくと、池のほとりに戻ってきた。
「私が送れるのはここまでです。ここから、お帰りください。この嬉しさは、一生忘れません」
少女は掻き消えるようにいなくなった。

侍が家に帰ってくると、家の者に「こんなに長い間、どこに行っていたの」と言われた。
ほんの少しの間だと思っていたが、地上では何日も過ぎ去っていたのだ。

その後、侍は龍宮での出来事を誰にも話さず、必要なときだけ餅の片破を使い、必要なものに替えたので、生活に困ることはなかった。すべてにおいて豊かになり、金持ちになった。
この餅は、破れども破れども元の形に戻るので、侍は生きている間に大富豪となり、観音に仕えた。
侍が死んだ後、餅はなくなって、子孫に受け継がれることはなかった。

侍は懇ろに観音に仕えたことによって、竜王の宮殿へ行き、金の餅を得て金持ちとなった。
いつ頃のことかはわからない。誰かが語っていたのを別の誰かが聞いて、語り伝えられているそうだ。

補足

持斎

仏門に入った者が、正午以後、食事をしないという戒めを守ること。

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