平安時代 初心者の館

神祇官

神祇官は神祇にまつわる祭典を担当し、全国の祝部はふりべと呼ばれる神官を支配していた。

『職原抄』に「当官を以て諸官の上に置く。これ神国の風儀、天神地祇を重んずるの故なり」と記載されているように、最も重き役職とされていた。

神祇官の組織

朝廷における神祇官の組織は長官の伯、次官の大副・少副、第三等官に大祐・少祐、第四等官に大史・少史、さらにその下に神部・卜部がいた。

神祇官の長官。

花山天皇の皇子清仁親王の子延信王のぶざねおうが神祇伯となってからは世襲制となった。
この時、姓はなく「○○王」と称した。後に白川家と名乗ることになる。

大副・少副

中臣氏・斎部いんべ氏・卜部氏の中から選出される。

神部

忌部氏・中臣氏から選出される。

卜部

定員

古代の養老律令制度では定員20人と定められていた。
伊豆国から5人、壱岐国から5人、対馬国から10人の卜術に優れた者が選出される。
さらに、卜部の中でも特に優れた者は宮主に任じられる。

仕事内容

『令義解』『令集解』によると、亀甲を焼き、ひび割れの形で吉凶を占う。

卜部氏の始祖・卜部平麿

卜部氏の始祖は、卜部平麿という平安時代初期の人物である。

伊豆国に生まれた平麿は幼い頃から亀卜を習い、神祇官の卜部となった。
亀卜で功績をあげて遣唐使に加わって唐に渡り、卜術の腕を磨いた。

帰国してから昇進を重ね、宮主も兼任するようになった。
平麿の子孫は平安時代中期に吉田氏と平野氏の二流に分かれた。『徒然草』の吉田兼好も吉田流卜部氏の一族である。

宮主

『延喜式』によると、卜部の事に長けている者が選ばれる。

御巫(みかんなぎ)

『延喜式』によると、庶女の事に長けている者が選ばれる。

戸坐(へざ)

『延喜式』によると、7歳以上の男子が選ばれる。

鎌倉時代の神祇官

鎌倉時代は花山源氏の白河家が伯を務め、大中臣氏と卜部氏が大副・少副を務めた。
卜部氏は宮主も兼任し、宮中で亀卜による占いを行った。

亀卜

道具の準備

亀卜は亀の甲羅を使った占いで、ウミガメの甲羅が自然に離れて海岸に流れ着いた浮かれ甲を用いる。(『亀卜口授秘訣』)

甲羅は建て10センチ、横7センチほどの大きさに整え、表と裏を磨いて作り置きする。

甲羅にしるしを付ける

甲羅の裏側にという線を墨で描くか小刀で彫る。
このとき、甲羅の上に「ホ」、下に「ト」を描き、中央に「タメ」という線を引いて「ホ」と「ト」を結ぶ。
さらに、中央の線から横線「エミ」「カミ」を引く。

吉凶を占う

  1. 水に浸した兆竹さましだけを立て置く
  2. 「ははか(ウワミズザクラ)」の枝に火を点ける
  3. 甲羅の裏の「町」に火を当て、息を吹きかけながら焼く
  4. 焼き終えたら表に返し、ひび割れているところの上に墨を塗る
  5. 兆竹に付けた水で表面を拭く
  6. 現れた割れ目を見て吉凶を占う

ははか

ウワミズザクラのこと。
『古事記』では天兒屋根命あめのこやねのみこと布刀玉命ふとだまのみことが「ははか」と鹿の肩骨を用いて占った記述がある。

上溝桜

参考資料

  • 和田 英松 「新訂 官職要解」講談社、1983年
  • 菅原 正子「占いと中世人―政治・学問・合戦」講談社、2011年
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やみみん

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