いざなぎ流は、高知県香美郡物部村に伝わる民間陰陽道祭式の総称。
物部村は隔絶された山岳地帯のため、陰陽道系の呪術祈祷を中心とした祭祀、呪詛方術が太夫という土着化した職能的宗教者によって家単位で濃密に培養されてきた。
明治3年(1870)、公的に陰陽道が禁止されてから日本でこの村だけに根付いた特別な民俗信仰である。
いざなぎ流の特徴
陰陽道といっても古代の陰陽道が純粋な形で残っているわけではなく、あくまでも陰陽道を中心に修験道・密教・神道・恵比寿信仰・大黒信仰などの儀式が習合し溶け合っている。さらに、傀儡舞やエビス舞などの民間芸能の要素も組み込まれている。
いざなぎ流の流派
いざなぎ流の流派は数種類あり、太夫が数人の師匠から学んだり、師匠の伝に独自の方法を付け加えたりすることもある。
いざなぎ祭文
日本の巫女の天中姫が天竺のいざなぎ大王に弟子入りしていざなぎ流の祈祷を伝授され、博士の資格を得た。
この”博士”という称号は、平安時代の役職である陰陽博士や暦博士にも通じる。
- 呪詛の祭文・釈尊流(釈尊・提婆王の争いから呪詛の歴史を語る)
- 提婆流(悪霊となった提婆王を鎮めるための祭文)
- 女流(女性から恨まれたり、呪われた時のための祭文)
- 月読・日読(月・日ごとに掛けられた呪詛に対する祭文)
- 西山の月読・日読(西山という漁師からの呪詛に対する祭文)
- 仏法の月読・日読(卒塔婆や墓などを使った呪詛に対する祭文)
- 七夕の月読・日読(七夕法という呪法に対する祭文)
いざなぎ流の祭
いざなぎ流の祭は『取り分け』という諸悪の収拾作業から始まる。
この作業は、太夫が祭りに関わる人や家の罪穢れ、不浄、悪霊邪神などのマイナス要因のもの(呪詛)をひとつ残らず幣に取り集めて本来の清浄な状態に戻すことである。
さらに、家の内外を清める湯神楽、塩祓い、太夫自身の身を清める穢らい消しの唱文、神々の穢れを祓う祓いの唱文、しめ縄による結界の造営など、二重三重もの霊的防御網を敷いて清浄な神聖空間を構築する。
いざなぎ流では、人は死後冥界を彷徨うものだといわれている。
冥界では永遠に神になることができないため、神にするために新御子神様の取り上げ=祀り上げが必要となる。
祭りの進行を決める占い
いざなぎ流には日本最古の占いとされている米占がある。
また、祭りの進行が神意にかなったか知るために数珠による占いを行う。
まず太夫が左手で数珠を掴み、自分の額に当てながら珠を9度右手に引き寄せる。
そして9度目の珠の数の残りが奇数であれば神意にかなったと見なされる。
倉入れの儀式
富男と呼ばれる老翁に扮した当主が穀物などの宝物を背中に乗せ、家のエビス棚に納める神事である。
神楽幣を杖代わりにした当主は腰を折り曲げ、エビス棚に向かいます。その後ろには太夫がおり、当主を手繰りながら囃子歌を歌って景気づける。
エビス棚のところにいる妻や母が富男の宝物を棚に納める。
これは宝物(福)が家に満ちるようにと祈ったまじないである。
家祈祷が終わると、太夫は別れも告げずに舞い踊りながらその家を去る。
参考資料
- 「陰陽道の本―日本史の闇を貫く秘儀・占術の系譜」学研プラス、1993年
- 斎藤 英喜「陰陽師たちの日本史」KADOKAWA、2014年