説話

簠簋抄 現代語訳 吉備真備が帰朝し、金烏玉兎集を安倍童子に渡す

基本情報

原文

ある時、武帝の仰せには「吉備末永く渡海成る間日本に帰さん」と倫言あり、その時武帝七宝を吉備に賜る。謂われるところの一は七帝の政、二は簠簋、三は野馬台の詩、四は囲碁、五は金鶏、六は日本領、七は火鼠皮なりという。右の七種皆持ち大船に打ち乗り帰朝す。その時、天より呼ぶ様「吉備大臣は天下無双の智者で寿命十八歳と呼ぶなり」。これを武帝聞こし召し、吉備十六歳に入唐三年滞留なれば、当年十八歳なり。大事の智人を当年殺しては惜しきことなりと仰せられ、橋船を走らせ吉備が本船を呼び帰し七帝の政を成し、また一千人の法師を請し万部の法華を読誦あり。
その上、生活続命の法を行い給うゆえに、また地より呼び帰すさまは、吉備大臣は天下一の智者で寿命は八十歳と呼ぶなり。
その後、また大船に乗り帰朝すという。
ようやく日本に着き、国中を領主あれど、吉備は忠孝の仁政なるゆえに聖武天皇を王位と仰ぎ、我は臣下となってようやく八十年を満する時節に思う様、我はようやく八十歳を経るが、当年我が命終わるは必定なり。今までの存命はまことに阿倍仲麻呂に依ってなり。大唐武帝より賜る金烏玉兎集今の代に広めず、これを仲麻呂が子孫に譲り相伝したしと思うに、仲麻呂子孫今関東常陸国筑波の麓に吉生というところにもあり、また眞壁の猫島というところにある由を聞く。彼に至りようやく吉生に近づき、筑波の麓に礼居給うに、その村に六つ七つばかりの童子十二、三人あり遊ぶ中に一人の童子に天より天蓋下りて彼に覆うゆえに、吉備大臣不思議に思い、ある老翁に問い給う。老人答えて曰く「あれこそ先年入唐せし仲麻呂が子孫なり」と申す。そのまま吉備大臣はかの童子の住処を尋ね給い、この書を譲り給うといえども、童子幼少のゆえに相伝なし、正本ばかり渡し給うなりという。これまで吉備の伝来なり。

情節

ある時、皇帝は「吉備は長い間留まっていたのだから、日本に帰してやろう」と仰せられ、吉備公は皇帝から七宝を賜った。一つは七帝の政、二は簠簋、三は野馬台の詩、四は囲碁、五は金鶏、六は日本領、七は火鼠の皮である。吉備公は七宝を携え帰朝するために大船に乗った。そのとき、天から声が聞こえて「吉備公は天下無双の智者だが、その寿命は十八歳だ」という。これを聞いた皇帝は「吉備は十六歳で入唐し、今年で十八歳になる。大いなる智人を死なせてしまうのは惜しい」と仰せられ、橋舟を走らせて吉備公の乗っていた船を呼び戻し、七帝の政を成した。
また、一千人の法師を召して一万部の法華経を読誦させ、生活続命の法を行わせて吉備公を生き返らせた。こうして、吉備公は天下一の智者となり、八十歳まで生きたという。
その後、吉備公は大船に乗って帰朝した。
帰朝した吉備公は聖武天皇の政を支えた。八十歳を迎える年になり、吉備公は「自分がここまで生きながらえることができたのは仲麻呂のおかげなのだから、唐の皇帝から賜った金烏玉兎集を仲麻呂の子孫に譲ろう」と考えた。仲麻呂の子孫は常陸国筑波吉生あるいは眞壁の猫島に住んでいると聞いた吉備公は吉生へ赴く。その村では六、七歳ほどの童子たちが十二、三人で遊んでいた。その時、天上から天蓋のようなものが降りてきて、一人の童子を覆った。吉備公はこれを不思議に思い、ある老人に尋ねた。すると、その老人曰く、その童子こそが仲麻呂の子孫だという。そこで、吉備公は童子の家を訪ねて金烏玉兎集を渡した。

補足解説

金烏玉兎集

安倍晴明が編纂したと伝えられている占いの実用書である。『三国相伝陰陽輨轄簠簋内伝金烏玉兎集』ともいう。陰陽道の秘伝書である。金烏が陽、玉兎が陰を意味している。

阿倍仲麻呂

原文の表記は「安倍仲丸」。『簠簋抄』では、安倍晴明の先祖とされている。

武帝

吉備真備が入唐した時期の中国は、唐の玄宗皇帝の時代である。

火鼠の皮

『竹取物語』において、安倍晴明の先祖とされる阿倍御主人が元になっている右大臣阿倍御主人がかぐや姫の要求で火鼠の皮衣を求めている。

竹取物語火鼠の皮衣

生活続命の法

蘇生術。本来、十八歳までの寿命だった吉備真備をこの術によって生き返らせた。『簠簋抄』では、後に伯道上人が道満に騙されて落命した安倍晴明に対してこの術を用いた。
『安倍晴明物語』『泉州信田白狐伝』においても、伯道上人が生活続命の法を用いて晴明を復活させている。

泉州信田白狐伝巻五

常陸国筑波吉生/眞壁猫島

現・茨城県石岡市吉生/筑西市猫島。安倍晴明出生地のひとつとして考えられている。吉備真備はこの地まで赴き幼い晴明に金烏玉兎集を渡したとされているが、吉備の生没年は 持統天皇九年(695)~ 宝亀六年(775)、晴明の生没年は延喜二十一年(921)~寛弘二年(1005)である。

晴明ゆかりの地茨城県

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