平安時代

平安時代の人々にとっての地獄

『往生要集』における地獄

等活地獄

この地獄にいる罪人は猜疑心に悩まされ、常に誰かを攻撃する機会を窺っている。
獄卒は鉄杖あるいは鉄棒を握りしめて罪人を打ち据えるので、罪人の身体は粉々に破れ飛ぶ。しかし、獄卒が罪人を生き返らせて再び打ち据える。これの繰り返しである。

対象殺生の罪を犯した者
位置人間界の下(一千由旬)
縦横の広さ一万由旬

等活地獄の地理

地名特徴対象
屎泥処とても熱い屎(糞)が溝泥のようになっており、硬いくちばしの虫たちが蠢いている。罪人が屎を喰らっているところへ虫たちが集まり、罪人の肉と骨を喰らう。鹿・鳥を殺めた者
刀輪処鉄壁で囲まれており、凄まじい火炎が猛っている。ほんの少し炎に触れるだけで、体が粉々になる。人間界の火がましに思えるほどの灼熱した鉄雨が降り注ぐ。また、刀の林では刃のような雨が降り注ぐ。生者を殺めた者
瓮熟処罪人は鉄の瓮(かめ)に入れられ、豆のようにじっくりと煎られる。生者を殺め、煮て食べた者
多苦処数えきれない程のさまざまな苦しみがある。縄で人を縛った者、杖で人を打った者、人を遠国に追放した者、人を崖から突き落とした者、人を煙責めにした者、子供を怖がらせた者
闇冥処罪人は真っ暗な闇の中にいて、闇火に焼かれる。また、強い風に吹かれて金剛石の山に叩きつけられる。猛風と石に挟まれ、罪人の身体はすり潰されて粉々になる。研ぎ澄ました刀のような熱風に灼かれる。羊を窒息させた者、亀を瓦で挟んで殺めた者
不喜処燃え盛る火炎が常に天を焦がし、熱い火炎を吐く鳥がいる。犬や狐の鳴き声が不気味なほどに聞こえ、罪人に襲いかかっては肉を喰らう。また、硬いくちばしの虫が罪人の骨の中を出入りして、骨の随まで喰らう。法螺貝を吹いて鼓を打ち、鳥獣を殺めた者
極苦処罪人は常に鉄火に焼かれ、皮膚が爛れる。自分勝手に生物を殺めた者

黒縄地獄

この地獄では、獄卒が罪人を灼熱の鉄の地面に臥せさせる。そして、獄卒は焼けた鉄の墨縄で罪人の身体に墨をうち、灼熱の鉄斧で黒縄の線に沿って身体を切り刻んでいく。鉄斧の代わりにノコギリや刀が用いられるときもある。また、無数に交錯させた熱い鉄縄の中に罪人を放り込み、縄が絡まった罪人は悶え苦しむ。
獄卒は罪人に向かって「怨念こそが人を悪事に駆り立て、閻魔大王のもとへ導かれるのだ。誰もお前を救えない」と責め立てる。

対象殺戮を生業とし、窃盗を犯した者
位置等活地獄の下
縦横の広さ一万由旬

黒縄地獄の地理

地名特徴対象
等喚受苦処獄卒が罪人を高い崖の上に押し上げ、灼熱の黒縄で縛りつける。それから、槍の林立する地面に罪人を突き落とす。そこへ、灼熱の炎を吐いて鉄の牙をむき出しにした犬たちが罪人に喰らいつく。虚言・妄言を吐いた者、不誠実な者、崖から飛び降りた者
畏鷲処獄卒が罪人を杖で激しく打って追い回し、燃える鉄刀や弓矢で罪人を攻撃する。物欲に駆られて人を殺めたり縛ったり、食物を強奪した者

衆合地獄

牛頭あるいは馬頭の獄卒が拷問道具を手にして罪人を鉄の山に追い込む。罪人の身体は左右から迫ってきた山々に挟まれ粉々になる。さまざまな鳥獣がそれを喰らう。
また、獄卒は罪人を捕まえて河に投げ入れる。河の中には燃え盛る鉄の鉤があり、罪人は悶え苦しむ。
さらに、刃のような鋭い葉が群がる林の中に罪人を連れて行く。罪人は美女の幻を見て林の中をさまよい、自ら生み出した妄執から抜け出せなくなる。

対象殺生・窃盗・邪淫の罪を犯した者
位置黒縄地獄の下
縦横の広さ一万由旬

衆合地獄の地理

地名特徴対象
悪見処罪人の子供の陰部が獄卒に拷問されるのを見せられ、罪人は悶え苦しむ。また、罪人は逆さ吊りにされて灼熱の銅を肛門に注ぎ込まれる。さらに、体内に入った銅は臓物を焼き尽くす。焼け終わると、銅は口から流れ落ちる。他人の子供に邪な交わりを迫り、ひどい目に遭わせた者
多苦悩処罪人の男の体中が熱くなり、男を抱けば全身の器官が崩れ落ちる。男は恐怖のあまり崖から落ち、それを鳥や狐が喰らう。男色に耽った男
忍苦処罪人は獄卒によって樹の上から吊るされ、焼き尽くされる。他人の女を略奪した者

叫喚地獄

この地獄の獄卒は手足が異常に長く黄金の頭をしており、眼から火を放ち赤い着物を着ている。

対象殺生・窃盗・邪淫・泥酔の罪を犯した者
位置衆合地獄の下
縦横の広さ一万由旬

叫喚地獄の地理

地名特徴対象
火末虫罪人は四百四の病にかかる。酒を売る際に値段を水増しした者
雲火霧罪人は地獄の業火に焼かれ、全身が溶ける。業火の中から引き上げられた罪人は生き返り、再び業火に焼かれる。人を泥酔させて辱めた者

大叫喚地獄

この地獄の苦しみは、これまでの四つの地獄の十倍である。

対象殺生・窃盗・邪淫・泥酔・不実の罪を犯した者
位置叫喚地獄の下
縦横の広さ一万由旬

大叫喚地獄

地名特徴対象
受鋒苦罪人は熱い鉄の針で唇と下を刺される。嘘をついた者

焦熱地獄

この地獄の獄卒は罪人を打ち据えて肉団子のようにして、巨大な鉄鍋で炙ったり、串刺しにして罪人の身体を焼き上げる。
この地獄の火をたとえ豆粒ほどでも地上に持っていけば、またたく間にすべてを焼き尽くす。

対象殺生・窃盗・邪淫・泥酔・虚言・不逞の罪を犯した者
位置大叫喚地獄の下
縦横の広さ一万由旬

焦熱地獄の地理

地名特徴対象
分茶離迦火炎に包まれた罪人が、他の地獄にいる罪人の呼び声につられて走っていくと、道の傍の穴に落ちて焼かれて生き返り、また焼かれるのが繰り返される。自ら断食した者、他人に邪念を抱かせた者
闇火風罪人は風に飛ばされてぐるぐる回り、別の太刀風によって身体を砕かれる。邪念を抱く者

大焦熱地獄

この地獄の苦しみは、これまでの六つの地獄の十倍である。
獄卒は罪人を火柱でできた林の中に突き落とす。

対象殺生・窃盗・邪淫・泥酔・虚言・不逞の罪を犯した者、尼を犯した者
位置焦熱地獄の下
縦横の広さ一万由旬

大焦熱地獄の地理

地名特徴対象
普受一切苦悩罪人は燃え盛る刀で皮を剥がれる。その皮と罪人の身体に、どろどろに溶けた鉄が撒かれる。出家した身でありながら女に酒を飲ませて誘惑し交わった者

阿鼻地獄

この地獄は、欲界の最深部に位置する。あらゆる苦しみが待ち受けている。

対象殺生・窃盗・邪淫・泥酔・虚言・不逞の罪を犯した者
位置大焦熱地獄の下

阿鼻地獄の地理

地名特徴対象
鉄野干食処罪人の身体が火柱によって十由旬の高さまで燃え上がる。そこへ、鉄の瓦が降り注ぐ。さらに、異形の狐が罪人の身体を喰らう。仏像・僧坊・僧の寝具を焼き払った者
黒肚処黒蛇が罪人にまとわりつき、噛み砕く。また、罪人は猛火で焼かれたり、鉄の釜で煮られる。仏宝を盗んだ者
雨山聚処巨大な鉄の山が罪人めがけて落下し、粉々に打ち砕く。罪人は生き返り、再び山に砕かれる。また、四百四の病に際限なく苦しむ。辟支仏の食物を盗んで食べ、人に分け与えることもしなかった者
閻婆度処閻婆という象のように巨大な鳥が罪人に向かって絶えず炎を吐いたり、罪人を捉えて空を駆け回る。その後、閻婆が空中で罪人を離す。罪人は落下して砕け散るが、再び元の形に戻り、そこへ閻婆が襲いかかる。また、炎を吐く犬が罪人を喰らう。川を決壊させ、人を死に至らしめた者

『十王経』における地獄

『十王経(仏説地蔵菩薩発心因縁十王経)』は8世紀後半に中国で成立したもので、死後の人間が十人の冥王を訪ねて裁きを受け、転生する世界が決まる。

救苦天尊(太乙救苦天尊)は地獄に堕ちた魂を救う神で、天界の長楽境に住んでいる。
救苦天尊は地獄で苦しむ人々を救うために、十人の冥王を召喚する。
十人の冥王は仏教系(天龍地祇・四梵天王・阿修羅王・諸天帝王・閻羅天子)と道教系(泰山府君・司命司録・五道大神・獄中典者)の神々が天尊に挨拶する。

十王

  1. 天龍地祇
  2. 四梵天王
  3. 阿修羅王
  4. 諸天帝王
  5. 閻羅天子
  6. 泰山府君
  7. 司命司録
  8. 五道大神
  9. 獄中典者

閻浮国(現世)において十悪(殺生・窃盗・邪淫・偽言・戯言・悪口・二枚舌・貪欲・憎悪・愚痴)五逆(母を殺める・父を殺める・聖者を殺める・仏を傷つける・教団の和合一致を妨げる)・親不孝・破斎犯戒・動物を殺めて料理することを行った者は九幽地獄に入り、一日中苦しむ。だが、功徳を積めば拷問から解放され、天界に生まれることができるという。生前、悪いことをした者は九幽地獄へ行き、善行を積んだ者は天界に行く。

さらに、天尊は人々に忌日に合わせて功徳を積む対象となる十人の神の名を教える。
功徳を積めば生まれ変わることができるようになり、地獄の苦しみから解放される。

忌日十王
初七日秦広大王/太素妙広真君
二十七日初江大王/陰徳定休真君
三十七日宋帝大王/洞明普静真君
四十七日五官大王/玄徳五霊真君
五十七日閻羅大王/最勝輝霊真君
六十七日変成大王/宝粛昭成真君
七十七日泰山府君/玄徳妙成真君
百日平等大王/無上正度真君
小祥(一年)都市大王/飛魔演慶真君
大祥(三年)転輪大王/五化威霊真君

天尊は左司陽官と右司陰官という冥官に功徳と死者の罪を比較させる。
死者は火錬の池を登って化形丹界霊符を取ることで救われる。

step
1
閻魔卒に従って冥府に向かう

死者は閻魔王に遣わされた三人の閻魔卒(奪魂鬼だっこんき奪精鬼だっせいき縛魄鬼ばくはくき)に連れられて、冥府に向かう。

step
2
秦広王の庁を訪ねる

初七日の日、死者は秦広王しんこうおうの庁を訪ね、生前に善行を積まなかったことについて問い詰められる。

step
3
三途の川を渡る

三途の川には江深淵こうしんえん山水瀬さんすいせ有橋渡ゆうきょうとの三種類あり、罪の重さによって渡る川が異なる。
罪の重い者は江深淵、罪の軽い者は山水瀬、特に罪の軽い者は有橋渡を渡る。

step
4
初江王の庁を訪ねる

step
5
奪衣婆に衣服を脱がされ、懸衣翁に罪の重さを量られる


三途の川を渡ると、衣領樹えりょうじゅに到着する。死者が生前に盗みをはたらいていた場合は、奪衣婆という女の鬼が戒めとして死者の両手の指を折る。
懸衣翁という男の鬼が牛頭とともに死者たちを衣領樹の下に集め、奪衣婆が死者たちの衣服を脱がせる。懸衣翁がその衣服を衣領樹に掛けて死者の罪の重さを量る。

step
6
五官王の庁を訪ねる

罪人の行き先が決められる。

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