符呪―災い除去の強力な呪術

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陰陽道
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符呪とは

概要

陰陽道の呪文を書き付けた霊符呪術で、お札やお守りの原形である。

急急如律令

陰陽道で常用する呪文に「急々如律令」というものがある。
これは「急ぎ、律令の如くすべし」という意味で、中国漢代の公用文で用いられていた。
『資暇録』によると、律令の『令』は『零』と音が同じで、雷神の眷属神である『零』が稲妻とともに疾走することから、物事が早く成就する符呪になった。

いろいろな符呪

最初は漢字と組み合わせて用いられることが多かったが、密教や修験道と融合すると、これに梵字を加えたものや神仏の名を記したもの、絵を加えたもの、九字や星形を加えた符呪も用いられるようになった。

牛王宝印

「牛王」は「牛黄」とも書かれ、これは牛の胆石を取り出して霊薬としたものである。

また、「牛王」は牛頭天王のことであるとも考えられている。
霊薬とされた牛黄と疫病神である牛頭天王が結びつき、牛黄には霊薬としての効能のほかに牛頭天王を鎮める呪力があるとされた。

牛王宝印には「『牛王宝印』という文字を造形的に書いたもの」と「神使の動物を組み合わせて社寺の名を形作ったもの」の2種類がある。
前者は如意宝珠が文字のどこかに書かれ、後者は熊野大社の烏を使ったものや龍で文字を作ったものもある。

『鎮宅霊符縁起集説』によると、熊野の神は北辰妙見であるともいわれ、熊野は霊符信仰の聖地であったと考えられている。
また、熊野神の象徴である八咫烏は陰陽道で言うところの太陽の精・金鳥の姿である。

八咫烏もまた、富士山修験道における符呪「お身抜き」「おふせぎ」を集めた書が『三足ノ烏の巻』『烏ノ御巻』として残されている。富士山も陰陽道色の強い霊山である。

符呪の用途

下記のように様々な用途で使用された。

  • 家の内に貼る
  • 地に埋める
  • 川に流す
  • 焼いて灰にして飲む
  • そのまま飲む
  • お守りのように所持する

霊符

道教の影響

霊符には円や線で形作られた図形が書かれ、円は星を表している。
方違えなどが不可能な時でも、星や方位、悪霊の災いを除くことができる。
また、道教と融合していた仏教経典『安宅神呪経』も霊符信仰を促進した。

比叡山延暦寺にも、『霊符次第』というものが存在する。

「夫れ神は万物に妙にして、変化に通ずる者也、天道を立て是れを陰陽と曰ふ、地道を立て是れを柔剛と呼び、人道を立て是れを仁義と名付く、三才を兼ねて此れを二つにす、天地位を定め、山沢気を通じ、雷風相せまり、水火は相撃つ、八卦相交じりて征くを推し、来たるを知る者は此れ神なり、天地吉凶は神にあらざれば知る事なし、故に弟子今、霊符祈念の壇上を整へ、厄祭を陳ぶ」

水銀の呪力

霊符は朱で書かれたり、朱書しない場合でも赤い紙を用いることがある。
朱とは水銀から取り出される丹のことで、水銀は古来仙薬として扱われ、通常の漢方薬では効果が薄いとされる病に用いられていた。

鎮宅霊符

『古事談』より

関白・藤原師実が春日町に邸宅を建てた。
他の邸宅が火事で焼亡したのに対し、彼の大邸宅のみは鎌倉時代まで焼けなかった。晴明の子・安倍吉平が寝殿の長押もしくは棟木に鎮宅霊符を置いたからである。
後に邸宅の修理のために中を調べたところ、天井裏から様々な呪物が見つかった。

『古事談』において師実邸に霊符を置いたのは安倍吉平となっているが、永保元年(1081)11月、陰陽頭の賀茂道言が師実の土御門第北対の天井に「七十二星西嶽真人の符を置かしめ、2月2日には厭百鬼符を打たしめ」たという。
七十二星西嶽真人の符厭百鬼符が陰陽道の霊符で、家の天井や壁に貼る・置く・埋めるなどして宅地の気を整え、外部からの災厄を防ぐ役割を持っている。これが鎮宅である。

鎮宅

陰陽道の霊符を家の天井や壁に貼るなり、置くなり、埋めるなりして宅地の気を整え、外部から災厄が侵入するのを防ぐ。

この鎮宅のために用いる霊符を鎮宅霊符という。

『正一醮宅儀』によれば、道士は五万の宅神、四季歳月日時刑殺・太歳太陰将軍・門丞戸尉・井竈伏龍・庭堂屋吏などを座に招き、香茶酒を供え、ついで宅内の五虚六耗・蜚尸邪魅・時瘟疫炁などの災いを起こすものたちを駆逐し、最後に五色の神龍に降下を願って鎮宅を頼み、家屋の安鎮を行った。

『道教事典』より

★五万の宅神…東西南北中央の方位神
★四季歳月日時刑殺…四季と年月日時に関わる暦注の凶悪神
★太歳太陰将軍…八将神
★門丞戸尉…門の左右を守護する門神
★井竈伏龍…井戸と竈に伏す龍
★庭堂屋吏…庭の神
門丞戸尉・井竈伏龍・庭堂屋吏は四季によって門〜井戸〜竈〜庭ろ座所を移す土公神である。

鎮宅霊符神

北斗は鎮宅霊符神と呼ばれ、様々な霊符が活用された。
江戸時代に全国に流布され、鎮宅霊符神社も各地に建立された。

「泰山府君は、人皇八代、孝元天皇第一の皇子の大彦命の御後胤の従一位左大臣・安倍仲麿公―仲麿公は熒惑星の変化にして、今、大和国で高屋大明神と崇め奉る式内の神である―が、唐土から伝来なさった国家安穏、貴賤寿福の神である。……その神徳は天地を総摂し、造化を司合し、禍福を科定し、寿命を増減したまい、天にあっては日月星辰、地にあっては名川大川、鎮宅霊符、妙見尊星等の部類眷属に至るまで、ことごとくこれを摂し、第一に天神地祇を管領して天の三災を除き、四海泰平、五穀豊穣ならしめ、次には年月日時の凶殺および三十六衰、七十二厄を消滅し、常日ごろ信心の者には昌運を授け、凶を転じて吉となし、災いを除き福を与え、寿命を延ばし、水難火難を消除し、白刃を避け、すべての不慮の災厄を免れしめたまう」

『泰山尊神御来由』より

七十二星西嶽真人の符

七十二星西嶽真人の符は中国の太上秘法鎮宅霊符に基づく道教の霊符である。
西嶽は中国の五霊山の一・西嶽華山で、真人は西嶽華山を管掌する仙人のことである。

「七十二」という数は、
①易の先天八卦と後天六十四卦を足した数
②鎮宅の主祭神である土公神が四季の七十二候(1候5日×72候=360日=1年)に変化するところからとった数
など、様々な説がある。

この霊符は陰陽不和の解除から悪鬼除け、口舌除け、盗難除け、刀兵除け、怪異の前兆除けなどの七十二の功徳がある。
平安時代末期までは賀茂家が用いていたが、鎌倉時代に入ると安倍家や宿曜師も用いるようになった。

参考資料

  • 「陰陽道の本―日本史の闇を貫く秘儀・占術の系譜」 (NEW SIGHT MOOK Books Esoterica 6) 学研プラス、1993年
  • 藤巻一保 「安倍晴明『簠簋内伝』現代語訳総解説」戎光祥出版、2017年