狐、泰親に化けし八郎を誑かす #山鳥の尾を以て化生を知る
こうして那須八郎宗重は神鏡の模造品を拝借して、一刻も早く怪異を鎮めて領内に平穏を取り戻そうと急いで都を出発した。
近江路に差し掛かって勢田の橋を渡ろうとした時、後ろから一群れの人馬が追ってきて
「そこにいるのは那須八郎宗重殿ではないか、待て、待ってくれ!」と声をかけて走ってきた。
お供の侍や壺人も駆けてきて、
「私は播磨守安倍泰親と関白殿下の命を受けてここまで来た。馬を留めて待たれよ」
と息を切らして言ったので、八郎が何事かと思って泰親が来るのを待っていると、程なくして泰親がやって来た。
お互いに馬上から挨拶して泰親が言うには、
「あなたが帰国するにあたって宝鏡の写しを貸したところ、公卿の中にはまだこの事を知らないものもいるから、私が鏡を取り返して戻り、その公卿が鏡を見た後でまた鏡を持っていけと殿下に命じられたのだ」
「今鏡を渡すのは容易いことです。しかしこれはあなたから受け取ったものでもなく、殿下の邸宅にて渡されたものでもありません。院庁にて受け取り、すぐに私が鏡を預かっている旨の書状を差し上げるのをあなたに命じて、取り戻されるのは受け入れがたい。先に進ませてくれないならひとまず京都へ帰れというわけでもなく、差し障りのないあなたが鏡を取り返すよう命じられたとしても、道中で軽々しく渡すことはできません。ここから引き返し、上京して殿下の邸宅に祗候した上で鏡を差し上げますから、先に帰ってその旨をお伝えください」
と挨拶をしてふと思ったのは、
「関白殿下の取り計らいのおかげで宝鏡の模造品を受け取ったのだ。四海の政事を執り行い、恵み深い君子として鏡を渡したり取り返したり、子供の戯れのようなことをするだろうか。これも悪狐めが自由自在の神通力で私が預かっている宝鏡を奪い取ろうとする企みではないだろうか。
けれども、怪異化生の障碍を追い払うと言った上は、たとえ悪狐が神通力を得たとしてもどうやって神鏡の模造品に近寄ることができようか。それを奪い取ろうとするは畜生の仕業ではないか。まさしくこれは泰親殿に化けた古狐だろう。
幸いにも、昨日泰親殿が親切にも私に「怪しいと思うものがいたらこれを輪にして覗き込めば、正体がわかる」と山鳥の尾の符を十三枚くれた。
そこで気付かれないように符を手にとって見てみよう」
と泰親に教えられた方法で見ると、目の前に狐の顔が現れた。
今一度神鏡の模造品を持って再び上洛し、鏡を渡そうと馬から降りると、泰親も馬から降りてこれを受けとろうとして近寄った。
その時、八郎が懐から唐櫃をあけたので泰親に渡すには及ばなかった。
「櫃に入ったまま渡してくれ」と後ずさりした。
八郎は「この櫃は私が新調したものだ。櫃だけを院庁から受け取ったので、そのとおりにして渡そうと思ったのだ」というと、泰親は
「大切なものならば、受け取るのも今になってどうかと思った」とかすかに顔色が変わったところ、八郎は刀を抜く手も見せずに悪狐を切りつけると、神通力を自在に操る古狐は飛び交わして消えるようにいなくなった。
八郎は道中で起こったできごとながら、事の次第を詳しく関白殿下に申し上げようと長臣・秦弾正少弼量満へ使者を遣わして報告し、急いで故郷に帰った。
家に戻ると妻は元のように一人になっており、民が傷つけられていなくなったという知らせもなくなったので、たちまち領内には平穏が戻った。
本当に、このようなことは万丈の君のお恵みであり、ありがたいことだ。