『Fate/Grand Order 絶対魔獣戦線バビロニア』第17話「会議は踊る」感想・解説

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第17話「会議は踊る」はついにティアマトを倒したかと思ったらそれは頭脳体で、本体が海中から上がってきてしまいます。『死』の概念を持たず、生命のある場所では絶対に死なないティアマトを倒すには、冥界の力が必要…という話でした。

ちなみに、「会議は踊る」はウィーン会議の審議がなかなか進行しない様子を批評した言葉「会議は踊る、されど進まず」から来ています。

ビーストの特性にはそれぞれ個体差がある

ティアマトは『死』の概念を持たない

原初の海から現れたティアマトにはあらゆる攻撃が通じませんでしたが、それはティアマトは『死』の概念を持たず、何をやっても生命としての死が訪れないからです。

しかし、頭脳体撃破→本体登場の流れは単なる復活ではなく、逆行…生命が存在している限りティアマトの存在を証明することになってしまうので、滅びることがないというものです。

つまり、生命のある場所ではビーストⅡ(ティアマト)に死が訪れない=倒すことができないということです。

生命のない冥界にティアマトを落とす

生命のある場所ではティアマトを倒せないのであれば、生命のない冥界にティアマトを落とせば、倒せるのではないか!?という流れになります。

ティアマトを倒すためには、冥界の『基盤』が必要になってくるわけです。

ビーストはそれぞれクリフォトの樹の悪徳に対応していて、セフィロトの樹の美徳がビーストに対する特攻になるという説があって、この説に照らし合わせるとビーストⅡであるティアマトが司る悪徳は『不安定』、特攻となる美徳は『基盤』となります。

不安定な生命(ラフム)を生み出すティアマトに対して、生命のない冥界という基盤、もしくは冥界を開放できたバビロニアの基盤、といったところでしょうか。

原初の母、百獣母胎

地母神の権能・百獣母胎

ティアマトは百獣母胎を持っていますが、百獣母胎とは、チャタル・ヒュユクから発した地母神が持つ権能です。

約8000年前のすでに名の失われた女神(チャタル・ヒュユクの女神)より発し、
ティアマットやキュベレー、イシュタル、イナンナ、アナテ、アスタルテ、ガイア、ヘラアルテミスアフロディーテデメテル、アテナなどに派生した、母なる女神の持つ万物を生み出す力の具現である。
多くは城壁冠の形をとってイメージされる。
これはこれらの女神の多くが、同時に都市の守護神でもあったからだ。

(中略)

大地母神は人々によって崇められ、それらを加護する守護神であると同時に、
その身から生まれ出る穀物や作物、野や森の獣によって人々を養う犠牲そのものでもある。
大地母神は自らの血肉によって人を養い、そして時を経ればその人を殺して自らの糧として己の血肉を回復し、またその回復した血肉で人を養う。
この過程は食物連鎖の円環そのものでもあり、この生と死の循環こそが大地母神の本質と言っていい。
ほとんどの女神はこの権能で、無数の怪物や巨人を生んで神々や人の驚異となり、あるいは英雄を生み、それから人々を守った。
その代表例は、脅威となったならばティアマットやガイア、英雄の母ならばヘラである。

Fate/EXTRA CCC BBの情報マトリクスより

余談ですが、2部5章星間都市山脈オリュンポスにいるゼウス以外のオリュンポス十二神(ヘラ、デメテル、アフロディーテ)は全員この百獣母胎の権能を持っています。
(アトランティスで撃破済ですが、アルテミスも百獣母胎を持っていました)

重要なのは、地母神の本質とは「生と死の循環だということです。

”循環”と”消費”

「生と死の循環」というのは

  1. 地母神が自らの血肉で人間を養う
  2. 時が経つと、育てた人間を殺し、糧とする
  3. その糧で自分の血肉を回復する
  4. 回復した血肉を用いて再び人間を養う

つまり、神が管理する世の中というのは”無駄のない世界”だということです。

これが、キリシュタリアが作ろうとしている「人の意識がどれほど沸騰しようと覆らない世界、一部の欠損も欠片もない生存圏」に繋がってくるのではないかと思います。

2部2章でキリシュタリアは

汎人類史は間違いではないが、同時に正解でもなかった。
収益と損失は互いを補填する事なく、それぞれの嵩を増していく機構に落ち着いた。
それはあまりにも無駄が多い。循環できるものを循環させずにいる状況だ。
つまり、
神代 ⇒ 循環
人代 ⇒ 消費
ということなんですね。
ただ、単純な神代の世界を作り上げるわけではないようで、
古来より、人間は惑星の運営に神を見いだした。
神は星であり、自然の摂理だと。
だが人類は無自覚だった。
システムは利用するものであって従うものではない。
それを間違えたが故に、人と神は別たれた。
人は神々を忘却したのではない。
神々を扱いきれず、その可能性を取りこぼした。
アトランティスにおける人間は神に支配されるがままの存在で、おそらくオリュンポスも同様の世界観であることが予想されますが、キリシュタリアが作ろうとしているのは人間が神をシステムとして使いこなす世界のようです。
また、地母神を生み出したチャタル・ヒュユクについてですが

この大地に生まれたものは、母なる神の権能には逆らえない。
それは生命のシステムそのものに反逆する事だからだ。
しかし大地を離れ、宇宙を目指し、知性体としての幼年期を終えた時こそ、この権能が打ち破れる事だろう。
チャタル・ヒュユクの願いは、その日は訪れる事にある。

Fate/Extra CCC BBの情報マトリクスより

イアソンも言っていたように、アトランティスは「与えられたものを受け入れ、発展させることなく歩みを止める」世界でした。

それは、アトランティスの人々は汎人類史の人間よりもずっと長い寿命をもち、体に投与されたナノマシンのおかげで病気になることもない…要するに神による庇護があるからです。

しかし、人間が「大地を離れ、宇宙を目指す」=『開拓』に目覚めた時こそ、百獣母胎の権能(神代の”循環”の理)を打ち破れる、ということではないでしょうか。
なので2部5章では星の開拓者がカギを握るのではないかと思います。
ポセイドンに対して星の開拓者であるドレイクがカウンターになっていたように、オリュンポスでは雷霆を扱うゼウスに対して人の世に雷をもたらしたニコラ・テスラがカウンターになるのかな…と考えています。